虚偽診断書作成罪の成否

質問

捜査機関からの照会に対し回答書を作成し提出した医師が刑事責任を問われた近時の事件があると聞きました。医師はなぜそのようなことになったのでしょう。刑事責任を問われないためにどのようなことに注意すべきでしょうか。

回答

1 虚偽診断書作成罪、同行使罪とは

お尋ねの件は、刑事施設への収容することの可否に関する検察官からの照会に対し回答書を作成、交付した医師が虚偽診断書作成罪および同行使罪に問われた事件(京都地裁平成31年3月22日判決)のことかと思われます。

刑法は、医師が公務所に提出すべき診断書、検案書または死亡証書に虚偽の記載をしたときは、3年以下の禁錮または30万円以下の罰金に処するとし、虚偽の記載をした診断書等を行使した者は、虚偽の記載をした者と同一の刑に処するとしています(刑法160条、161条1項)。

診断書は私人が作成した文書であっても、患者やその関係者の権利や義務の発生、消滅、変更に重大な影響を与えること、証拠としての価値が高いこと、専門家の判断が示されたものとして社会的信用性が高いことなどから、公務所に提出すべき診断書について作成名義人が内容虚偽のものを作成した者を処罰するというものです。医師が公立病院に勤務しているなど公務員たる地位に基づき診断書を作成したような場合は虚偽公文書作成罪(刑法156条)の成否が問題となります。

虚偽診断書作成罪は、医師が客観的事実と反すると認識しながらあえて客観的事実と異なる内容を記載した故意犯を処罰するものであり、誤って客観的事実と異なる内容を記載した場合には成立しません。虚偽診断書作成罪に問われた場合、医師の主観が大きな争点になると解されます。

虚偽診断書行使罪は、作成した虚偽の診断書を行使することにより成立し、行使とは虚偽診断書を他人に交付、提示などして、その閲覧に供し、その内容を認識させまたはこれを認識しうる状態におくことをいいます。

2 裁判例の紹介

虚偽診断書作成罪に関する裁判例をいくつか紹介します。

⑴大阪地裁昭和48年3月23日判決

患者が病院に無断で外出、外泊し病院にほとんどいない状況で、診療も治療も受けていないのに「入院加療中」とし、入院手続きから1週間後に入院したのに、診断書に入院手続きをとった日を入院日とした診断書を作成した医師が虚偽診断書作成罪に問われた事案において、裁判所は、現実に診療行為をしていない時期であっても、それが外出外泊等による一時的なものと考えられ、患者が病院へ戻る意思がないことが明らかになっていない状況であれば、診断書に「入院加療中」という記載をしても虚偽の事実を記載したということは相当でないとし、また、程度問題ではあるが、形式的に入院手続をとり、ひと月もふた月も入院時期を遅らせた場合と異なり、本件のように入院手続当日に病室へ荷物を持ち込んで病室の利用を開始し、その1週間後に患者本人が現実に入院したというような場合には、入院手続をとった日を入院日とする記載をしたからといって虚偽を記載したとまでいうことはできないとして無罪を言い渡しました。

⑵東京地裁平成13年10月9日判決

A病院の医師が入院患者Bの治療に当たっていたところ、同人が死亡し、死亡届等に添付してC市役所に提出すべき同人の死亡診断書を作成するに当たり、同人の負傷の部位・程度等から、同人の死因を意図的に強度かつ多数回にわたる殴打等の暴行を受けて負傷したことによるものと認識しながら、「飲酒后、全身打撲の痛みで気付いた、階段からの転落か」などと記載したことが、虚偽診断書作成罪および同行使罪に問われた事案において、裁判所は、Bの真の負傷原因を知らされていたことを示す証拠や医師がこれを確定的に認識していたことを示す直接証拠がなく、被告人以外の医師や看護師の供述調書には「Bのけがは階段から落ちただけではできないものだと思った」旨の記載はあるものの、主たる死因を暴行によるものと認識したと供述した者もいないことから、医師の故意を認めるに足りる証拠がないとして無罪を言い渡しました。

⑶京都地裁平成31年3月22日判決

指定暴力団総長が慢性腎臓病によりX病院において透析治療を受けたところ、心室期外収縮の出現が確認され、医師は総長を入院させましたが、その後総長に心室期外収縮の出現が認められなくなり、総長はZ病院で腎臓移植手術を受け以降は透析治療を受けることがなくなりました。検察官は「裁判執行関係事項照会書」により、X病院に対して、総長の病状などに関する照会を行い、これをうけて医師は総長を診察しましたが心電図上は心室期外収縮の出現は認められませんでした。カルテには「重症不整脈の発作が出ている可能性がある」との記載があり、医師は上記照会に対して「当院での現在の病状については、継続して起こる心室性の不整脈であり、その出現頻度は日によって異なるが概ね7000回から10000回は出現していると思われる。時間帯によって多く出現する時間帯が認められ、時には2連発までの出現が確認されている。」「心室性不整脈は…かなり重篤な状況であるといえる。」「特に最近については強い自覚症状を訴えて時間外に受診されることもあり」「現在の症状から、今後、心室性不整脈が頻発し、症状が重篤化することが容易に予測できる」などと記載した回答書を作成し提出したところ、検察官は、医師が刑事施設への収容を免れたい総長の意図を理解し、実際に総長から金品を受け取っていたことや、医師が他の医師に捜査機関に対する反感を述べていたことなどから、医師が総長に肩入れしようとして虚偽回答をしたものだとして、医師が虚偽診断書作成罪および同行使罪に問われたという事案です。

裁判所は、検察官の照会は今後の加療予定等の仮定的な判断も求めている以上、予測的な判断とならざるを得ないことからすれば、本件回答書は総長が刑事施設に収容され、過度のストレスがかかった場合には、様態がさらに悪化する可能性があるという予測的判断を示したにとどまることを前提に虚偽性を判断することとしました。そして、過去の心電図検査の結果などからすれば、本件回答書作成当時の心室期外収縮の出現を推察することがおよそ不合理とは認められず、検察官が意見を求めた医師の見解と被告医師の見解が一致しないことをもって虚偽であると言えるわけではないし、検察官が主張するような動機の存在があるとしても、虚偽の回答をしたことを推認させる力は極めて弱いというほかなく、医師が他の医師に対して「こんな悪い状態で入ったらかわいそうだ」という趣旨の発言をしていたことは医師が総長の重症心室性不整脈がなお回復していないと判断したことと整合的であるなどとして、回答書の内容が医師の真の見立てに反し医学的、客観的に虚偽であると認定するには疑いが残るとして無罪を言い渡しました。

3 診断書作成時に医師が注意すべき点

上記3つの裁判例を比べると、大阪地裁昭和48年3月23日判決は医師の診断に関わらない部分の記載につき虚偽記載といえるか争われた事案で、東京地裁平成13年10月9日判決と京都地裁平成31年3月22日判決は医師の診断内容の記載そのものが虚偽記載といえるか争われた事案です。医師は診断内容以外の記載にも気をつけなければならないことが分かります。

京都地裁平成31年3月22日判決で参考とすべきは、裁判所が医師作成の回答書につき予測的判断と確定的判断のいずれを示したものか区別したうえで、本件回答書は予測的判断を示したにとどまることを前提に虚偽性を判断することとし、本件回答書を作成する時点までに存在した検査結果等を判断の基礎とするとしたことです。

これは、診断書作成時の判断とその後得られた情報に基づく判断が異なったとしてもそのことのみでは虚偽性を根拠づけることにはならないことを意味します。

以上からすると、医師は、診断書に確定的判断を記載するのか、予測的判断を記載するのかを意識して記載することが必要といえます。公務所から提出を求められている文書の趣旨が確定的判断を求めるものか、予測的判断を求めるものか不明な場合は、公務所に対し何を求めているのか確認するべきでしょう。

また、文書作成時の診断とその後得られた情報を基礎に診断とが異なる場合、いつ時点の資料を基礎に診断したのかを明らかにすることにより、なぜ異なる診断に至ったのかを明確にしておくことも必要です。

福島県病院協会会報2020年3月号掲載