質問

当社は、当社役員の甲が独立開業するための事業用地として、乙から土地を譲ってもらうことにしました。その際、登記費用を節約するため、乙から甲に直接所有権が移転するよう登記手続をすることとしました。しかし当社の業務の関係で甲の独立の時期が延びてしまい登記手続をせずに10年以上が経ってしまいました。最近になってようやく甲の独立準備が整ったことから乙に移転登記手続に協力を求めたところ、乙は、本件契約は第三者のためにする契約に当たり、当社から乙に対する請求権も甲から乙に対する請求権も消滅時効にかかっているとして応じません。乙の言うように時効により消滅しているのでしょうか。

回答

1 第三者のためにする契約

第三者のためにする契約とは、契約当事者間で当事者の一方が契約当事者以外の第三者に対して直接債務を負担することを約束する契約です。買い受けた目的物の代金につき、買主は売主に対してではなく第三者に支払うことを売買当事者間で合意したような場合が第三者のためにする契約に当たります。この買主のように第三者に対し給付を行う者を諾約者、売主のように諾約者の契約の相手方となる者を要約者、第三者のように契約により給付を受ける者を受益者と呼びます。

第三者のためにする契約において、受益者は直接諾約者に対し給付を請求する権利を有しており(改正前民法537条1項)、その権利は受益者が債務者に対し契約の利益を享受する意思表示をしたときに発生します(同条2項)。要約者、諾約者はそれぞれ自己の名で契約するのであって、受益者の代理人となるわけではありません。

2 近時の裁判例

第三者のためにする契約における受益者は諾約者に対し直接履行するよう求める権利を有しますが、この権利も一般の債権と同様に消滅時効に服するところ、消滅時効の完成の成否が争点の一つとなった裁判例を紹介します。

本件の登場人物は関係図のとおりです。

平成8年、BはCの住居用地として土地(以下、本件土地といいます)を購入し、Cに対する所有権移転の登記をしましたがCは別の場所に家を建てたため、本件土地は賃貸駐車場として使用されていました。平成13年に、本件土地につきCからXへの贈与を原因としてXを権利者とする所有権移転登記請求権仮登記がされ、CはBの求めに応じ本件土地をXに譲渡することを認める誓約書を作成しました。ところが、Xはこの誓約書の存在を知らず、本件土地の贈与を受ける意思表示もしていない状況でした。平成15年にBが亡くなり、平成26年にCが亡くなり、亡CからYに対し相続を原因とする所有権移転の登記がされました。Xは平成28年になって誓約書を発見し、本件土地が自分に贈与されていることを知り、XはYに対しXが亡Cから本件土地の譲渡を受けていたとして所有権移転登記手続への協力を求めたという事案です。

Yは、亡Cが平成13年に本件土地をXに贈与することをBに約束する旨の第三者のためにする契約をしていたとして、契約締結から10年経過により亡Bの亡Cに対するXに給付するべきことを要求する権利及びXの受益の意思表示をする権利は時効により消滅したと主張しました。

しかし、裁判所は、第三者のためにする契約における要約者の権利、受益者の権利ともに10年の消滅時効にかかることを前提にしたうえで、本件においては、亡Bの亡Cに対するXに給付すべきことを要求する権利について、亡Cは亡Bの家業の工場敷地の一部に居宅を確保していたこと、亡Bは病弱なXの生活を心配し、収益物件をXに取得させようと企図し、亡Cも本件土地の所有権移転登記請求権仮登記手続に協力し、誓約書を作成し、Xは亡Bの存命中は駐車場収入を取得していたこと、Xは誓約書を発見するまでは亡B、亡C間の第三者のためにする契約について知らされておらず、受益の意思表示をすることができなかったこと、亡Bが企図するところは相当程度実現されていたため、亡Bが亡Cに対しXに給付するべきことを要求しなかったとしても責められるべきことではないこと、亡Cは誓約書を作成しておきながら敢えて本件土地の権利関係についてXに伝えていなかったことなどの事情の下では、亡CやYが10年の消滅時効を主張することは信義則に反し許されないとしました。そして、Xの受益の意思表示をする権利については、その起算点は第三者のためにする契約の成立時ではなく、Xが受益の意思表示をすることが現実に可能となった誓約書発見時であり、そこからは時効期間は未だ経過していないとして、Xの所有権移転登記手続請求を認容しました(大阪高裁平成30年10月25日判決)。

3 本件の場合

当社の乙に対する、甲に給付するべきことを要求する権利及び甲の受益の意思表示をする権利は、それぞれ改正前民法が定める10年の消滅時効に服します。消滅時効の起算点は、当社の権利については乙との契約の時点から、甲の権利については甲が受益の意思表示が可能となった時点です。本件では、甲が当社から事業用地を与えられることを聞いた時点が甲の権利の消滅時効の起算点になると考えられます。

当社と乙との間の事情次第では前掲の裁判例のように乙が消滅時効の主張をすること自体が信義則上封じられる場合もありますが、そのような事情がなければ当社の乙に対する権利はすでに消滅時効にかかっており、甲の乙に対する権利は当社の乙に対する権利に基づく権利であることから、当社の乙に対する権利が時効により消滅している以上、甲の乙に対する権利については消滅時効の期間が経過していなかったとしても、当社の乙に対する権利と独立して行使することはできないものと解されます。

福島の進路2020年5月号掲載