質問

当社は人員整理の必要性があることから、早期退職制度の採用を検討しています。早期退職制度を利用して退職する従業員に競業他社への就職を制限することはできるのでしょうか。

回答

1 早期退職制度

早期退職制度は、会社の従業員から退職を希望する者を募り、定年前に退職することを促す制度です。業績不振時の人員削減策として一時的に募集することもあれば(早期希望退職制度)、従業員の年齢層を下げる方策として一定以上の年齢の従業員から常時募集することもあります(選択定年制)。いずれの場合でも早期退職の誘引策として、退職金支給率の割増しや退職金額の上積みがされるのが一般的です。

2 人材の流出防止策

早期退職制度を採用した場合、優秀な従業員ばかりから退職申出があり、申出のとおりに退職を認めていたのでは会社の業務に支障をきたすことになりかねないということがあります。引き留めたい従業員から応募があった場合、会社は必ず応じなければならないのか、特定の従業員を引き留めるため従業員によって優遇措置に優劣を付けることが許容されるかという点が問題になります。

募集は労働契約を合意解約することについて従業員側からの申込を誘引するものであって、会社から従業員に対する合意解約の申込ではないと解されており、従業員が早期退職制度を利用するにつき会社の承認を要するとすることは不合理ではなく、従業員から申込があった場合に会社は必ず承認しなければならないとの義務はないと解されます。

人材の流出を回避する目的で優遇措置の適用について会社の承認を要するとすることも公序良俗に反するものではなく有効であると解され、会社が必要とする者については優遇措置を適用除外することでその者が退職しようとすることを牽制することも考えられます。ただし、優遇措置の適用を認めないことが当事者間の信義に反する特別の事情がある場合は適用除外できないとした裁判例があります(東京地裁平成14年4月9日判決)。

なお、加算金等の優遇措置は退職勧奨に応ずる対価であり、勧奨の度合いや時期、所属部署によって支給額が異なったとしても平等取扱義務には反しないものと解されます(大阪地裁平成12年4月19日判決)。

3 競業禁止約束

退職した従業員は、それまでの労働契約上の附随義務として当然に競業避止義務を負うものではありませんが、ノウハウなど業務上の機密事項を熟知していることが多く、競業避止義務を負わせる必要がある場合も考えられます。そのような場合は退職時に競業禁止の約束をしておく必要があります。退職従業員に対し競業避止義務を負わせるのではなく、競業会社に転職する場合には早期退職優遇制度を適用しないとすることで、退職従業員が競業他社に就職することを牽制することも考えられ、このような適用除外条項を有効とした裁判例があります(東京地裁平成17年10月3日判決)。

競業禁止約束は、退職従業員の職業選択の自由を制限することになるため、労働者の地位・職務が競業避止義務を課すのにふさわしいものであること、営業秘密等元使用者の正当な利益の保護を目的とするものであること、競業制限の対象職種・期間・地域から見て退職者の就職活動を不当に制限するものでないこと、適切な代償措置があることといった事情を総合的に考慮して厳格、慎重にその効力を判断すべきものとされています。

競業禁止約束の有効性が争われた近時の裁判例を紹介します。

従業員が退職時の競業禁止約束に反し、会社退職後すぐに競業他社に就職したことから、原告(会社)は被告(退職従業員)が詐欺によって早期退職加算金をだまし取ったとして、早期退職加算金相当額の損害賠償を求めたという事案です。

裁判所は、競業禁止約束の有効性を判断するにあたり、①禁止理由の合理性、②制限期間や範囲(地域・職種)の程度、③代償措置の有無およびその内容、④背信性の程度といった要素を総合考慮すべきであるとし、①ひら社員であっても業務上の機密事項、会社にとって不利益となる一切の情報の漏洩を防止する必要性が認められ、②原告の営業範囲は日本全域を対象としており、国内全域での競業禁止義務を課す必要が認められ、③被告の競業禁止期間は退職日の翌日から2年間と不当に長いとは言えないうえに、被告は原告から退職加算金として当時の年収額の2年分を優に超える額を受け取っていること、④競業他社に就職することにつき、被告が一定の確信に基づいて行動していると評価でき、背信性が非常に強いことなどから、本件における競業禁止約束は有効であると判断しました。

被告は、もとから競業他社への就職を決めていたのではなく、他業種でよい条件のところがあればそこに就職する可能性も残っていて、そうなれば競業禁止約束違反とはならなかったとして、詐欺ではないと主張しましたが、裁判所は、被告が原告に退職合意書を提出した後は競業禁止約束が合意に盛り込まれていたこととそれを前提に早期退職加算金が支払われることを認識していたのであり、信義則上競業他社への就職活動の事情を原告に告知する義務もしくは事情を告げて不測の損害を与えないように配慮すべき注意義務を負っていたというべきであり、競業他社の就職活動を慎むか、何らかの事情告知をするのが通常であるところ、競業他社の面接を受け、退職日よりも前に競業他社の採用決定告知を受けていながら早期退職加算金の給付を準備する原告にはなんら事情説明もなく早期退職加算金の支払を受けたのであるから、退職合意書提出後に競業他社への再就職が決まった後の不作為の欺罔行為により加算金を詐取したものと評価すべきであり、不法行為が成立するとして、早期退職加算金相当額の損害賠償請求を認めました(京都地裁平成29年5月29日判決)。

福島の進路2020年3月号掲載