医師等の過失と患者の死亡との間の因果関係
質問
診療行為上の過失が認められる場合、医療機関側は患者に生じた死亡の結果について必ず損害賠償責任を負うことになるのでしょうか。
回答
医療過誤訴訟では、一般的に医師等に診療行為上の過失が認められるか否かのほか、発生した患者の死傷の結果とその原因とされる診療行為上の過失との間に因果関係が認められるか否かが争点の一つとなります。
因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるとするのが判例です(最高裁昭和50年10月24日判決)。
医師等の診療行為に過失が認められたとしても、患者に生じた死傷等の結果と過失との因果関係が認められない場合、原則としてその死傷の結果自体について医療機関側が損害賠償の責任を負うことはありません。ここにいう因果関係は、事実的因果関係ではなく、社会生活上その因果の流れが特異なものでなく通常予想できるとの評価が加えられた因果関係(相当因果関係)です。
相当因果関係が否定され患者の逸失利益等の請求が認められない場合でも、適切な医療行為が為されたならばその死亡の時点においてはなお生存していた相当程度の可能性があるときは、慰謝料の賠償責任を負うことがあります。
どのような場合に診療行為における過失と患者に生じた死傷等の結果との因果関係が問題とされるか、参考となる裁判例を紹介します。
1 大阪高裁平成29年2月9日判決
患者PはA病院で多発性骨髄腫の診断を受け、Y病院で再診検査を受けたたうえ、骨髄移植を目的としてY病院に入院しました。骨髄移植の前日から毎時15ミリリットルの滴下速度でプログラフの点滴投与が始まり、骨髄移植を受け、移植の1か月後の検査では骨髄の移植片の生着が認められました。
平成14年4月8日以降、プログラフの点滴投与が続けられましたが、5月10日の点滴更新時に残っているはずの量がなく、プログラフが予定より多く投与された可能性があるとして点滴が中止されました。同日から検査を実施したところ5月14日Pに脳梗塞が認められました。
Pは、平成15年3月14日からVAD療法(大量化学療法)を受けたましが、頭痛、眼振等の神経症状が出現し、その症状が改善することなく推移し、平成18年1月にくも膜下出血等を発症しまもなく死亡しました。
Pの遺族はプログラフ過剰投与の副作用によりPが脳梗塞を発症し死亡したとして、Y病院に対して債務不履行または不法行為に基づく損害賠償を請求しました。
原審では、Pの遺族が主張する、Y病院の医師が自ら点滴ラインの接続状態や点滴ポンプの作動状況を確認する義務や医師において看護師に対し、点滴ポンプに不具合が生じた場合に備えて、点滴更新時に輸液バッグに予定量をマジックペンなどでマークした上、巡回ごとに輸液バッグの残量を確認して、同バッグに同様の方法でマークするよう指示する義務があったとまでは認められないとして、Y病院の過失自体を認めず請求を棄却したため、Pの遺族は控訴しました。
控訴審では、プログラフの過剰投与があったことは明らかであるとしてY病院の過失を認めましたが、鑑定によれば過剰投与による脳梗塞発症の可能性は否定できないとしても、血中タクロリムス濃度の高い状態が継続した時間も長くはないこと、プログラフの量は副作用として脳梗塞を発症するだけの条件が十分であったとまで認めることができないこと、プログラフ投与が原因とされる脳梗塞の発症例が多いということはできないこと、本件過剰投与があった後プログラフが投与されていない期間においてもPは脳梗塞を発症していることなどの事情からプログラフ過剰投与とPの脳梗塞発症との間に相当因果関係が認めることは困難であるとしました。
また、本件過剰投与後Pに脳梗塞の症状が発現し、その後症状が改善したのちに、再び脳梗塞を発症し、全身状態も悪化し死亡するに至ったのであり、このような経過からすると、本件過剰投与がなかったからといって脳梗塞や全身状態の悪化を回避したり、ひいては多発性骨髄得腫の悪化や死亡の結果を回避したりすることができる相当程度の可能性があったということはできないとして、Pが死亡した時点においてなおPが生存していた相当程度の可能性を否定し、重大な後遺症も残らなかった相当程度の可能性を認めことはそれ以上に困難であるとしました。
原審は過失自体を認めず、控訴審は過失を認めたうえで相当因果関係を否定するとの判断を示したものです。
2 大阪地裁平成10年3月27日判決
Aは平成3年3月ころ、大腸癌便潜血反応検査を受けたところ、便潜血反応が陽性となったので精密検査を受けるよう指示され、B病院において精密検査を依頼し、大腸レントゲン検査、血中腫瘍マーカー検査および肝機能血液検査を受検し、異常なしと診断されました。
しかし平成4年1月ころからAは体の不調を訴え、同年2月14日、腹部の激痛を訴えてC病院に入院し検査したところ大腸から肝臓への癌転移が発見され、助かる見込みのない状態にありました。同年3月に大腸癌・多発性肝転移に基づく肝不全によりAは死亡しました。
Aの遺族はB病院の医師がレントゲン写真の癌の見落とすなどの過失があったとして、B病院に対し債務不履行に基づく損害賠償を請求しました。
裁判所は、Aのレントゲン検査の写真のうち、肝湾曲部は屈曲が強いこともあって病変の有無を完全に判定できているとはいえず、回盲部はバリウムの量がやや少なめの圧迫像のみであって良好な二重造影はなく、上行結腸は満足できる二重造影像が得られているのが1枚のみでバリウム付着状態を変えた二重造影像がないことからすれば、これらの部位について満足できる検査がなされたとはいいがたいとし、質的診断のつかない異常陰影が確認されるものの撮影された写真だけではどのような病変があったのか判断できないため、癌ないし癌と疑われるような印影があるとはいえないものの、何らかの病変が存在する可能性が無いともいえないのであり、その陰影が何かを確定するため、再度の注腸造影検査か大腸内視鏡検査を行うのが適切であったのであり、これをしなかったことにつきB病院には過失があるとしました。
しかし、B病院の過失とAの死亡との因果関係については、Aの原発癌は上行結腸癌であり、B病院でのレントゲン検査の時点で存在したという可能性は否定出来ないものの、Aの便潜血反応検査で陽性が出たとしてもAが当時痔を患っていたことからすれば必ずしも癌または癌の前段階の病変が存在していたことを示すものではないし、血中腫瘍マーカー検査および肝機能血液検査の結果にも異常は認められず、レントゲン写真には何らかの病変が存在する可能性があるとしても、癌ないし癌と疑われるような陰影は認められない。Aの原発癌は低分化腺癌であったことが推認されるが、低分化腺癌は初期状態も未だ十分に解明されておらず、その初期像を的確に診断することは困難であること、早期癌(ステージⅠ)で発見されることがほとんどないこと、肉眼分類で表在型(O型)はほとんどないとされていることからすれば、仮に再度の注腸造影検査か大腸内視鏡検査を行ったとしても、低分化腺癌が発見された高度の蓋然性があったことは立証されていないとして相当因果関係を否定し、Aの遺族の請求を棄却しました。
控訴審では、大腸低分化腺癌は早期癌の状態で発見することが極めて困難であるが、およそ発見が不可能であることを意味するのではなく、再検査によりステージⅠを過ぎた後の低分化腺癌が発見されても、適切な治療を行えば意義有のある程度に長期間の延命をもたらすことは不可能ではなかったとして、B病院の過失がなければAが死亡した時点においてなおAが生存していた相当程度の可能性を認め、慰謝料請求については認容しました(請求額約9700万円に対し認容額330万円)。
福島県病院協会会報2019年3月号掲載