質問

当社は建築工事を業としています。当社は、2年前にAからA宅の建築を請け負い、工事を完成させ引渡しも済んでいますが、Aは正当な理由もなく工事請負代金から既払いの着手金、中間金を差し引いた残金の支払いを拒んでいます。当社はAあてに毎月残金分の請求書を送付していますがAから支払いはなく埒があきません。

当社はどのように対処したらよいでしょうか。

回答

1 債権の消滅時効

民法は、債権に関し、原則として10年間行使しないときは消滅するとしていますが(民法167条)、債権の種類によってはそれよりも短期で時効にかかり消滅することとしています(短期消滅時効、同法169条以下)。

消滅時効が完成するまでの期間が短い方から民法の規定を挙げると、月またはこれより短い時期によって定めた使用人の給料にかかる債権、自己の労力の提供または演芸を業とする者の報酬またはその供給した物の代価にかかる債権、運送賃にかかる債権、旅館、料理店、飲食店、貸席または娯楽場の宿泊料、飲食料、席料、入場料、消費物の代価または立替金にかかる債権、動産の損料にかかる債権などは1年間行使しないときは消滅します(同法174条)。

弁護士、弁護士法人または公証人の職務に関する債権は、その原因となった事件が終了した時から2年間行使しないときは消滅します(同法172条1項)。生産者、卸売承認または小売商人が売却した産物または商品の代価にかかる債権、自己の技能を用い、注文を受けて、物を製作しまたは自己の仕事場で他人のために仕事をする者の仕事に関する債権、学芸または技能の教育を行う者が生徒の教育、衣食又は寄宿の代価について有する債権も2年間行使しないときは消滅します(同法173条)。

医師、助産師または薬剤師の診察、助産または調剤に関する債権や、工事の設計、施工または監理を業とする者の工事に関する債権は3年間行使しないときは消滅します(同法170条)。

2 消滅時効に関する民法改正

令和2年4月1日から施行される改正民法は、現行民法の短期消滅時効の規定を削除し、権利を行使することができることを知った時(主観的起算点)から5年間行使しないとき、または権利を行使することができる時(客観的起算点)から10年間行使しないときのいずれかの場合に時効によって債権は消滅するとしました(改正民法166条1項)。契約に基づく債権など取引上の債権の場合、契約締結時に債権者が債権の発生と履行期の到来を認識していると考えられるので、基本的に主観的起算点と客観的起算点は一致することになるものと解されます。

3 消滅時効の中断、停止

債権が時効により消滅することを防ぐため、債権者としては債権の時効を管理する、すなわち時効完成が近い債権については時効の進行を止める必要があります。民法はこれを時効の中断と呼び、請求や差押え、仮差押え、仮処分、債務者の債務の承認を中断事由として挙げています(民法147条)。中断した時効は、その中断事由が終了した時から新たにその進行を始めます(同法157条1項)。催告は6か月以内に、裁判上の請求、支払督促の申立て、和解の申立て、民事調停法もしくは家事事件手続法による調停の申立て、破産手続参加、再生手続参加、更正手続参加、差押え、仮差押えまたは仮処分をしなければ、時効の中断の効力を生じないとされています(同法153条)。

また、民法は、時効期間満了前6か月以内の間に未成年者または成年被後見人に法定代理人がないときは、その未成年者若しくは成年被後見人が行為能力者となった時または法定代理人が就職した時から6か月を経過するまでの間は、その未成年者または成年被後見人に対して、時効は完成しないとしており(同法158条1項)、これを時効の停止と呼びます。民法はこのほかにも夫婦間の権利の時効の停止(同法159条)、相続財産に関する時効の停止(同法160条)、天災等による時効の停止(同法161条)の規定をおいています。

4 消滅時効の中断、停止に関する民法改正

改正民法は、時効の「中断」「停止」の規定を改め、時効期間をリセットして新たにその進行を開始する場合を「更新」、時効の完成を一定期間猶予する場合を「完成猶予」としました。さらに、更新事由、完成猶予事由を整理し、現行民法では時効の進行をリセットする効力を有していた仮差押え、仮処分を完成猶予事由として、時効の進行をリセットする効力を否定しました。また、債権者債務者間で権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは時効の完成猶予が認められるという制度を設けました(改正民法151条)。

時効の援用、時効の期間について現行民法と改正民法のいずれが適用されるかについては、令和2年4月1日の施行日前に債権が生じた場合、施行日以後に債権が生じた場合であってその原因である法律行為が施行日前にされた場合は現行民法が適用され、それ以外の場合は新法が適用されることになります(改正民法附則第10条第1項、4項)。

5 本件の場合

当社の債権はAに対する工事請負代金債権です。工事は2年前に完成し、引渡しも済んでおり、改正民法施行前に債権が発生しているので現行民法が適用され、同債権の時効は3年の短期消滅時効にかかります。

当社は毎月Aに請求書を発送していますが、これだけでは時効中断の効力はありません。

A宅完成から既に2年が経過しており、消滅時効が完成する前に時効を中断する具体的な手を打つべき段階に来ていると言えます。これまでのAの態度からすると今後も任意の支払いは期待できないので、消滅時効が完成する前に請負代金請求の調停や訴訟といった裁判所の手続により解決するほかないものと考えられます。

福島の進路2019年11月号掲載