質問

当社は不動産賃貸業を営んでおり、Aにマンションの1室を賃貸しています。

Aからここ2か月の賃料の支払いがなかったところ、先日、Aの代理人を称する弁護士からAについて破産手続開始申立の準備中である旨の通知を受け取りました。

Aの破産手続が開始された場合、当社とAとの間の賃貸借契約、延滞賃料や敷金の処理はどうなるのでしょうか。

回答

1 破産手続開始を理由とする賃貸借契約解除の可否

賃借人の破産手続が開始されたことそれ自体は賃貸借契約の終了原因とはされていません。賃貸借契約締結時に賃借人の破産手続開始を解除事由とするとの特約をおいても借地借家法に反するものとして無効となります。そのため、原則として賃借人の破産手続開始後に賃貸人から賃貸借契約を解除することはできませんが、破産手続開始前においてすでに3か月以上の賃料が不払いとなっていたなど賃貸人と賃借人との間の信頼関係が破壊されたといえる事情があり、賃貸人に解除権が発生していたような場合は、例外的に破産手続開始後であっても賃貸人から賃貸借契約を解除することができると解されます。

他方、賃借人の破産管財人から破産手続開始を理由として賃貸借契約を解除されることがあります。すなわち、破産法は、双務契約について破産者及びその相手方が破産手続開始の時において共にまだその履行を完了していないときは、破産管財人は、契約を解除し、又は破産者の債務を履行して相手方の債務の履行を請求することができるとしており(破産法53条1項)、賃貸借契約は、賃貸人が賃借人に対する賃貸物を使用収益させる債務を負い、これに対し賃借人が賃貸人に対する賃料債務を負うという双務契約であり、破産手続開始時から契約上の期間満了までの間の当事者双方の債務は共に履行を完了していないことになるので、破産法53条1項により破産管財人は当該賃貸借契約につき解除するか、賃貸人に履行を請求するか(契約を継続するか)を選択することができることになります。この場合、賃貸人は破産管財人に対し、相当の期間を定め、その期間内に契約の解除をするか、または債務の履行を請求するか確答するよう催告することができ、この期間内に確答がないときは契約を解除したものとみなされます(同法53条2項)。

2 破産債権と財団債権

破産手続では、破産手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権であって財団債権に該当しないものを破産債権と呼びます(同法2条5号)。破産債権は破産手続によらなければ行使する(弁済をうける)ことができません。破産手続によらないで破産財団から随時弁済を受けることができる債権を財団債権と呼びます(同法2条7号)。これは、破産手続を遂行し破産配当を実現するために破産債権者が共同で負担すべき債権については優先的に弁済を受けられるようにしたものです。

破産管財人が賃貸借契約の継続、解除のいずれを選択したとしても、破産手続開始時に既に発生している賃料債権は破産債権として扱われます。破産手続開始時から賃貸借契約終了時までの間の賃料、賃貸借契約終了時から賃借人の建物明渡までの間の賃料相当損害金は財団債権として扱われます(同法148条)。

3 債務不履行解除の可否

破産債権については、その財産上の請求権の範囲、その金額および弁済期、さらに破産債権相互間の順位が確定したのちに、破産財団から破産管財人作成の配当表に従って配当を受けることになります。破産手続開始の申立をするにあたっては、併せて破産者の免責申立をするのが一般的であり、免責が許可されると配当を受けていない債権の残部について権利行使はできなくなります。

破産財団の内容が十分でないため破産手続費用の支弁も困難であるため配当の可能性がないような場合には、破産廃止として破産手続をそのまま終了させることになりますが、この場合は免責が許可されると破産債権については全く回収できないことになります。

免責の結果、破産手続開始前に生じた延滞賃料のうち配当後の残金の支払いを得られない場合あるいは延滞賃料全額の支払いを得られない場合でも、破産手続開始後の賃料が支払われている限り、賃貸人から債務不履行解除はできないものと解されます。

財団債権となる破産手続開始後の賃料に不払があれば、破産管財人に対し催告のうえ債務不履行解除ができます。

4 敷金の扱い

敷金は、賃貸借契約に関して生じた賃借人の債務の一切を担保するものであり、債務者に延滞賃料や賃貸物件の損傷による損害賠償債務などがあれば、破産手続開始後でも賃貸人は敷金と対当額で相殺することができます。相殺したうえで敷金に残額が出るようであれば、その残額は破産財団に組み入れられます。

破産管財人が賃貸借契約を解除した場合、破産管財人には敷金返還請求権が発生する一方、賃貸物件を原状回復のうえ明け渡す義務が発生しますが、賃貸人の原状回復費用請求権と敷金返還請求権とは賃貸人、破産管財人のいずれからでも相殺できるものと解されます。

5 本件の場合

本件では、Aの賃料支払いの遅延は2か月分と未だ長期には至っておらず、Aに賃貸物件の用法違反があるといったことがない限り、破産手続開始前に当社との信頼関係が破壊されたといえるような特段の事情が認められず、当社から賃貸借契約を解除することはできないと解されるので、選任された破産管財人が契約を継続するか否かの判断をするのを待つことになるでしょう。

現在の延滞賃料については、Aから差し入れられた敷金があれば対当額で相殺することで回収することができます。敷金で相殺充当しきれない場合は、残金分は破産債権として破産手続の配当を受けることになります。

破産手続開始後の賃料についても敷金と相殺し回収することが可能ですが、敷金を留保しながら財団債権として破産管財人に請求し破産手続外で随時支払いをうけることができます。

福島の進路2019年10月号掲載