質問

当社では定額残業代の制度を取り入れることを検討しています。この制度を採用するうえでどのような点に注意すればよいでしょうか。

回答

1 定額残業代とは

定額残業代とは残業代として毎月定額を支払うというものであり、固定残業代、みなし残業代ともいいます。本来、残業代(割増賃金)は実際の時間外労働の時間に応じて給与計算の都度、計算して支払うものですが、一定の条件において実際の時間外労働の時間にかかわらず残業代を定額で支払うことが認められます。定額残業代の支払方法には、基本給の中に組み入れて支払う方法と、時間外手当、業務手当などの名目で基本給と独立したものとして支払う方法があります。

定額残業代は、実際の残業時間が想定に満たない場合であっても定額全額を支払うことになる一方、法定時間外労働に対する割増賃金、深夜割増賃金、休日割増賃金が定額残業代を超過する場合、超過する分の残業代について別途支払う必要があります。

時間外労働等に対する割増賃金を定額で支払う場合は、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とが明確に区別できるようにされていなければならず、割増賃金に相当する部分の金額が実際の時間外労働等の時間を下回る場合は、差額を追加して、所定の賃金支払日に支払う必要があるとする通達があります(平成29年7月31日基発0731第27号「時間外労働等に対する割増賃金の解釈について」)。

超過分の支払がないなど定額残業代としての要件を満たさない場合は、定額残業代の残業手当として性質が否定され、会社が残業代を一切支払っていないものと見られることになります。その結果、支給されるべき割増賃金の算定の際に定額残業代の部分も算定基礎賃金に含まれることになり割増賃金の時間単価が高くなるほか、割増賃金不払いを理由として付加金の支払を命じられるおそれがあります。

2 定額残業代に関する裁判例

定額残業代の支払が残業手当として有効となる判断基準が問題となりますが、この問題に関する最近の裁判例(最高裁平成30年7月19日判決)を紹介します。

Yは、薬剤師としてXを雇用しており、就業時間は月曜日から水曜日までおよび金曜日は午前9時から午後7時30分まで(休憩は午後1時30分から午後3時30分までの150分)、木曜日および土曜日は午前9時から午後1時までとし、賃金は基本給46万1500円、業務手当10万1000円とする雇用契約を締結していました。XY間では業務手当は固定時間外労働賃金(時間外労働30時間分)とする確認書が作成されており、平成25年1月21日から平成26年3月31日までの間のXの1か月当たりの平均所定労働時間は157.3時間であり、この間の1か月ごとの時間外労働等の時間は30時間以上が3回、20時間未満が2回、その余の10回は20時間台でした。また、Xは平成25年2月3日以降、休憩時間に30分間業務に従事していましたが、これについてはタイムカードによる管理がされていませんでした。Y作成の給与支給明細書には時間外労働時間や時給単価を記載する欄はありましたが、ほぼ全ての月において空欄でした。XはYに対し時間外労働、休日労働、深夜労働に対する賃金ならびに付加金を支払うよう請求しました。

原審(東京高裁平成29年2月1日判決)は、定額残業代の支払を法定の時間外手当の全部または一部の支払とみなすことができるのは、定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその事実を労働者が認識し、直ちに支払を請求することができる仕組みが備わっており、雇用主がこの仕組みを誠実に実行しているほか、基本給と定額残業代の金額のバランスが適切であり、その他法定の時間外手当の不払や長時間労働による健康状態の悪化など労働者の福祉を損なう出来事の温床となる要因がない場合に限られるとしたうえ、本件では業務手当が何時何分の時間外手当に当たるのかXに伝えられていないこと、休憩時間中の労働については時間管理、調査の仕組みがないことなどからXが業務手当を上回る時間外手当が発生しているか否か自ら認識することができないことなどから、定額の業務手当の支払を法定の時間外手当の全部または一部の支払とみなすことはできないとしました。

これに対し最高裁は、雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われたものとされるか否かは、雇用契約にかかる契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきであるが、原審が示すような仕組みの構築などの事情があることが必ずしも必要なものとは解されないとしました。

そして、本件では契約書、確認書には業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨の記載があり、Xが1か月で受け取る業務手当はXの1か月の平均所定労働時間157.3時間をもとに計算すると、約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当し、Xの労働実態と大きく乖離するものではないとして、YがXに支払った業務手当を時間外労働等に対する対価として認めました(Xに支払われるべき賃金の額、付加金の支払を命ずることの当否、その額につき審理不尽のため原審差戻)。

3 注意すべき点

当社が定額残業代制度を採用するにあたっては、就業規則、労働契約書、確認書などにより定額残業代として支給する手当が時間外労働に対する対価であることを明記し、労働者に対して当該手当が時間外労働に対する対価であることを説明し、記載内容については、ただ「残業代として定額支払う」といったあいまいな記載ではなく、「30時間分の残業代として10万円支払う」といったように具体的な記載をし、定額残業代の額は労働者の時間外労働の実態と大きく乖離しない金額を設定する必要があるものと思われます。

福島の進路2019年9月号掲載