質問

当社はひと月ほど前にY社から化粧品Sの製造販売事業を譲り受け、同事業を展開しています。当社のS販売開始からほどなくして、Y社が化粧品S’を販売していることが判明しました。SとS’は想定される購買層が一致しており、従来Sを購入していた顧客の一部はS’も購入しているようです。

当社が、Y社にS’の販売をやめさせることは可能ですか。

また、当社がY社に対し請求できることは何かほかにありますか。

回答

1 事業譲渡と競業避止義務

事業譲渡における事業とは、単なる事業用財産あるいはその集合体ではなく、それに伴うノウハウ、得意先や仕入先関係、ブランド力や技術力といったものが一定の事業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産を意味するものと解されています。

事業譲渡とは、事業の全部または重要な一部を譲渡し、これにより譲渡会社がその財産によって営んでいた営業活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に競業避止義務を負うものと解されています(最高裁昭和40年9月22日判決)。

会社法は、事業を譲渡した会社は、当事者の別段の意思表示のない限り、同一の市町村の区域内及びこれに隣接する市町村の区域内においては、その事業を譲渡した日から20年間は、同一の事業を行ってはならないとし(会社法21条1項)、譲渡会社が同一の事業を行わない旨の特約をした場合、その特約は事業を譲渡した日から30年の期間内に限り効力を有するとしています(同条2項)。さらに、区域、期間に制限なく、譲渡会社が不正の競争の目的をもって同一の事業を行うことを禁止しています(同条3項)。なお、会社ではなく個人事業主(商人)が営業譲渡する場合については、商法16条に会社法21条と同様の規定がされています。

会社法21条にいう「同一の事業」とは、譲受人がその事業から収益を上げることを譲渡会社が妨げるべきではないという競業避止義務の趣旨からすると、市場が重なる場合に顧客が競合する事業であると解されます。

事業譲渡に際し、当事者間で競業避止義務の内容について特約を設けることもできますが、会社法21条2項および3項は強行規定であると解されており、同条項に反する特約は認められません。

会社法21条3項にいう「不正の競争の目的をもって同一の事業を行う」とは、譲渡会社が譲受人の事業上の顧客を奪おうとするなど、事業譲渡の趣旨に反する目的で同一の事業をするような場合を指し、一般人をして譲渡会社が譲渡前の事業を継続しているものと誤信させることは必ずしも必要ではないと解されます。

2 競業避止義務違反に基づく譲受人の請求

(1)差止請求

譲渡会社に会社法21条1項または3項違反の事実があれば、譲受人は同条項に基づき競業行為の差止め(民法414条3項)を請求することができます(商法上の営業譲渡の事案につき差止請求を認めたものとして東京高裁昭和48年10月9日判決、大阪高裁平成19年4月26日判決)。

(2)損害賠償請求

譲渡会社に会社法21条1項違反の事実や競業避止特約違反の事実があれば、譲受人は譲渡会社に対し債務不履行に基づく損害賠償請求をすることができます(同法415条)。

会社法21条3項は不法行為法的な規定であり、譲渡会社に同条項違反の事実があれば、譲受人は譲渡会社に対し不法行為に基づく損害賠償請求をすることができます(同法709条)。

(3)裁判例

会社法21条の競業避止義務違反に基づく差止請求および損害賠償請求が認められた近時の裁判例を紹介します。

Aは、中古衣類販売のウェブサイトを運営していたB社から当該ウェブサイトを買い受けましたが、B社は本件ウェブサイト売買直後に同様の中古衣類販売のウェブサイトを立ち上げて中古衣類販売を始めました。本件売買契約において競業避止義務条項は設けられていませんでした。AはB社の中古衣類販売ににつき不正競争目的の事業であるとしてその差止と損害賠償を請求しました。

裁判所は、売買契約の対象が単なるウェブサイトを構成する電子ファイルやドメイン名にとどまらず、在庫商品、マニュアル、契約上の地位、ノウハウ、顧客情報などに及んでおり本件売買が事業譲渡に当たること、Aのサイトの取扱商品とB社のサイトの取扱商品が一致していたことなどからB社は同一の事業を行っていること、B社は宣伝、広告などにより従来の顧客にB社のサイトがAのサイトの姉妹サイトであるかのような誤認を生じさせていたことなどからB社に不正競争の目的があったことを認定し、B社の競業避止義務違反を理由にAの差止請求および損害賠償請求を認めました(知財高裁平成29年6月15日判決)。

3 本件の場合

Y社のS’販売は「同一の事業」に当たるものと解されますので、Y社が同一市町村の区域内およびこれに隣接する市区町村の区域内にあれば、Y社のS’販売の差止請求および債務不履行による損害賠償請求をすることができます。

区域外にあっても、Y社の事業が不正競争目的に基づくものと認められる場合であれば、同一の事業といえる部分について差止請求および不法行為による損害賠償請求をすることができます。

4 紛争防止のために

通信技術の発達、輸送経路の発展、輸送手段の多様化により中小企業であっても容易に広範な地域で事業を展開することができる現状において、会社法21条の規定は社会に適合していないとの批判があります。

そのため、事業譲渡契約には競業避止義務について特約を盛り込んでおくことが考えられます。会社法21条が定める「同一・隣接市区町村」に限定せずに事業の性質に即した制限区域を設定すること、譲渡人が競業避止義務を負う期間については30年内の妥当な期間を設定すること、競業を禁止する事業の範囲については当該事業の周辺事業についても対象とするなど会社法が定める「同一の事業」よりも広範な競業避止義務を定めることを検討すべきでしょう。

福島の進路2019年6月号掲載