第1 前回の振り返り

 前回は、施設管理権に基づき医療機関は施設内での撮影、録音を禁止し、マスク着用義務を課すことができることを説明しました。
今回は、患者による撮影、録音や、マスクを着用しないことを許容しなければならない場面を見たのち、指示に従わない患者への対応について検討します。

第2 撮影、録音を許容しなければならない場面

 医療機関は、患者との間の診療契約の付随的義務として、患者が自ら病状を理解し、適切と考える治療方法を選択できるよう、患者に対し診断内容、病状の推移の見込み、とりうる検査、治療の内容や方法等について説明する義務を負っています。
 患者からすれば、説明を正確に理解したうえで取りうる治療法のなかで自分にとって最も適切であるものを選択するには時間を要することがあり、医師からの説明を記録したうえでその記録をもとにじっくり検討したいと思うこともありますので、医療機関としては説明義務の一環としてその機会を保障しなければならないものと考えます。
 もっとも、患者に対して病状等を説明する場面であっても、患者による撮影、録音が医師ほか施設職員や他の患者のプライバシー等を侵害する危険性があることに変わりはないので、撮影、録音を事前申請による許可制としたうえで、撮影、録音する場所(診察室等)、時間(医師が説明を始めてから説明を終えるまで等)、あるいは機械の設置場所等(カメラに写り込む範囲等)必要な指定をすることができるものと解されます。

第3 マスクを着用しないことを許容しなければならない場面

 患者によっては、皮膚病や身体障害、知的障害、精神障害等の障害特性によりマスクの着用が困難な場合があります。
 病気や障害といった真摯な理由によりどうしてもマスクを着用できない患者との関係では、そのような理由がなくマスクを着用しない患者との関係の場合と比して、医療機関が施設管理権の行使として患者にマスク着用を求めることが難しくなるものと解されます。どうしてもマスクが着用できない患者についてはマスク着用義務を課すことなく、感染予防についてはフェイスシールドを着用してもらう、待合室や診察室を他の患者と分けるなど各医療機関において選択し得る他の方法を検討することも必要でしょう。

第4 指示に従わない患者への対応

 指示に従わない患者に対応する前提として、施設内での撮影、録音禁止、マスク着用義務について施設内の複数個所に掲示する、あるいは医療機関のホームページに掲載するなどして周知しておくことが必要です。
もっとも、事前に周知しているとしても、患者が許可をとらずに撮影、録音しようとした、病気や障害などの理由もないのにマスクを着用しないといった事実だけで当該患者について直ちに診療を中止し、施設からの退去を求めることが許容されるものではないと解されます。
 すなわち、指示に従わない当該患者との関係でも医療機関は原則として応召義務(医師法19条)を負っており、当面は根気強く撮影、録音の中止や記録の消去、マスク着用を求め、それでも患者が長時間指示に従わないため当該患者以外の患者の診療など医療機関の業務に支障が出るなどして、当該患者と医療機関の間で信頼関係が破壊されるに至って初めてあらたな診療を拒否し、施設から退去を求めることが許容されるようになるものと解されます(医政発1225第4号厚生労働省医政局長通知)。
 患者による無許可で録音、撮影やマスク着用拒否に関して医療機関と患者の間で信頼関係が破壊されたか否かが争点となった裁判例は今のところ見当たりません。
信頼関係が破壊されたといえるかは事案ごとの事情を総合的に勘案して判断することになり、裁判所は、ADHD等の治療を受けていた患者が担当医師の診療に不平不満を述べ、担当医師の了解なく相談窓口職員を診療に立ち会わせたようとしたという事案(東京地裁平成27年9月28日判決)、患者が歯科医の診療上の指示を守らず、歯科医や職員に対する暴言を繰り返したという事案(東京地裁平成29年2月9日判決)などで信頼関係が破壊されたと認定しています。無許可の録音、撮影やマスク着用についても、これらの裁判例と同程度まで患者との緊張関係が高まった場合は信頼関係が破壊されたと認められるでしょう。
 なお、患者に撮影、録音を中止させる、記録を削除させる、マスクを着用させる、施設から退去させるなどの必要が生じた場合に、施設職員が有形力を行使して対応するのは当該患者からの反発を招きかねないので、状況に応じて警察に連絡し、患者との対応を引き継ぐのが適切です。

株式会社ウィ・キャン発行 TMS通信No.72 2024/5号掲載