第1 はじめに
今回から2回にわたり医療機関の業務に関して「施設内での撮影、録音の禁止」「施設内でのマスク着用義務」といった医療現場での問題を取り上げて解説したいと思います。
第2 施設管理権
施設管理権とは、施設の管理者が、その事務又は事業の用に供するため施設として本来的機能を発揮するために必要な一切の措置をとる権利のことを言います。ここにいう施設とは、医療機関について言えば直接診療にかかわる病棟はもちろん、当該医療機関が事業の用に供している事務室、駐車場、通路等一切を含みます。施設管理権は、これらの施設自体はもちろん、施設内の施設が所有、管理する動産、さらには施設職員、施設利用者といった人にまで及びます。
「施設管理権」という権利を直接規定する法律はありませんが、民法206条は「所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。」としており、所有権の行使として所有者には権利濫用にあたらない限り包括的な管理権が認められるものと解されています。また、施設を賃借している事業者であっても、賃借権の範囲で賃借している施設を自由に使用、収益をする権利が認められることから、賃借人である事業者は賃借権の範囲で包括的な管理権が認められるものと解されます。
第3 施設管理権に基づく撮影、録音の禁止
撮影、録音それ自体は基本的に刑事上違法な行為ではありません。近時話題になった昨年制定・施行されたいわゆる撮影罪(性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律違反)は、性的姿態の撮影を規制するものであって撮影一般を規制するものではありません。各都道府県の迷惑防止条例も「人と著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法」のように撮影態様等に制限を設けているのが一般的であり、撮影一般を規制するものではありません。
もっとも、撮影、録音は、基本的にその場にある視覚、聴覚の情報をそのまま切り取り記録するという性質を有し、意図したものか意図しないものかに拘わらずその記録される情報にはその場にいる人のプライバシーや個人情報が混入する危険性を潜在的に有しています。昨今、スマートフォン等の小型のデジタル機器の普及により撮影、録音が容易になったことにより、プライバシーや個人情報の侵害の危険性が高まっていると言えます。とくに医療機関の場合、その医療機関によっては、その医療機関に所在するという事実から個人の病歴のようなプライバシーの中でもとくにセンシティブな情報が推定されてしまうといったように、プライバシーや個人情報侵害の危険性は一般の施設よりも高いと言えます。
そのため、医療機関としては、プライバシーや個人情報を保護のため患者、施設職員、出入業者など施設に関わるあらゆる人に対し、施設管理権の行使として許可なく施設内で撮影、録音することを一律に禁止することは原則として権利濫用にあたらず許容されるものと解されます。
第4 施設管理権に基づくマスク着用の義務付け
令和5年5月8日から新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置づけは5類感染症に移行しましたが、厚生労働省はマスクの着用について個人の主体的な選択を尊重し、個人の判断に委ねることを基本とするとの見解をしめしつつ、感染を広げないために受診時や医療機関を訪問する時についてはマスク着用を推奨しています。
マスクの着用が、新型コロナ、インフルエンザ等の感染症の感染や感染拡大の防止に一定の効果があるとの科学的知見があるとの認識は大多数の国民に共有されていると言えるでしょう。
医療機関は、感染症に感染している又は感染の疑いのある人が集まる施設であることから考えて、感染を防止し、また感染を広げないため患者、施設職員、出入業者など施設に入るあらゆる人に対し、施設管理権の行使として施設内でのマスク着用を一律に義務付けることも原則として権利濫用にはあたらず許容されるものと解されます。
第5 次回の予告
医療機関は原則として施設内での撮影、録音の禁止、マスク着用義務を課すことが可能であるにしても、個々の患者の事情に即して例外的に撮影、録音やマスクを着用しないことを許容しなければならない場面が考えられます。
次回は、どのような場合に許容しなければならないかを見たのち、患者が撮影、録音やマスク着用について医療機関の指示に従わない場合の対応について検討します。
株式会社ウィ・キャン発行 TMS通信No.71 2024/4号掲載