No.117 施設内での撮影、録音、その公表の禁止

質問

当院では施設内で撮影や録音、それによって得られた画像、動画、音声データをSNSなどにより不特定多数の者に公表する行為を禁じることを検討しています。これらの行為を禁止することは法的に問題ないでしょうか。

回答

病院では患者の病気について等センシティブな個人情報を扱っていますが、昨今のスマートフォンの普及により画像、音声の記録が容易にできるようになったことに加え、SNSアプリの普及により、個人でも容易に撮影、録音データを不特定多数の相手に公表することが容易になったことから、プライバシーや個人情報の侵害の危険性が高まっています。
患者のプライバシーや個人情報を保護する趣旨で、施設内での撮影、録音の制限をしているまたは制限を検討している医療機関は少なくないと思われます。

1 撮影、録音の禁止について

⑴ 撮影、録音禁止の法的根拠

施設内での撮影、録音を禁止する法的根拠としては、施設設置者の施設管理権を挙げることができます。民法206条は「所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。」としており、所有権に基づく使用収益の権利の効力として施設所有者には包括的な施設の管理権が認められ、権利濫用等の法令違反にならない限り、医療機関施設内における撮影、録音を禁じることができると解されています。なお、施設を賃借している事業者であっても、賃借している施設を賃貸借契約の範囲内で自由に使用、収益することができることから、施設管理権が認められるものと解されます。
撮影については、最高裁判例において、人は承諾なしに、みだりにその容ぼう、姿態を撮影されない自由を有しているとされており(憲法13条、いわゆる「肖像権」)、患者はもちろん、医療機関職員、出入業者にも肖像権は認められます。医療機関の施設内で自由に撮影行為が行われれば、撮影行為と被撮影者の肖像権などのプライバシー権との衝突が起こることが予測されます。
録音についても、録音がその場の音すべてを取り込むものである以上、録音の対象者だけでなくたまたま録音者の近くにいた患者や医療機関職員の会話が選別されることなく記録されてしまうことも考えられ、録音行為と被録音者のプライバシー権との衝突が起こることが予測されます。
以上のような権利の衝突が発生することは医療機関の運営、管理、平穏な業務遂行の支障となるものであることから、権利の衝突が発生する蓋然性が低い場合を除いて医療機関施設内での撮影、録音を一律禁止とすることも原則として権利濫用には当たらないものと解されます。
なお、患者は医療機関との診療契約関係にあることから、診療契約の内容に撮影、録音の禁止を盛り込むことで、患者による撮影、録音を禁止とすることが考えられます。

⑵ 撮影、録音を禁止できない場合

患者やその近親者等には、インフォームドコンセントの観点から、患者と医療機関の間の診療契約の付随的義務として医療機関は患者が医師からの説明を撮影、録音したいという要望に応える義務があると解する余地もあるため、撮影、録音を事前申請による許可制としたうえで、診察室など場所を指定し、医師が説明を始めてから診察室を出るまでといった時間を指定して、撮影、録音を許可することが考えられます。
また、個室の病室内において患者またはその家族が自身や家族を撮影、録音する場合は、他の患者や医療機関職員の肖像権、プライバシー権を侵害する危険性も低いと考えられることから、撮影の際に騒いで周りの迷惑になるなど特段の事情がない限り撮影、録音を禁止することはできないと解されます。

2 不特定多数の者に公表する行為の禁止について

⑴ 医療機関の許可を得ていない撮影、録音データの公表

医療機関の許可を得ずに撮影、録音データを不特定多数の者に公表する行為は、それ自体は医療機関施設内で行われなくとも、医療機関の施設管理権を侵害する行為を拡散する行為であり、二次的に施設管理権を侵害するものと評価できることから、施設管理権を根拠に禁止することができるものと考えます。

⑵ 医療機関の許可を得た撮影、録音データの公表

医療機関の許可を得て撮影、録音したデータを不特定多数の者に公表することは、患者自身のインフォームドコンセントに関わる行為ではないので、撮影、録音の行為それ自体とは異なり、医療機関として公表行為を許容しなければならない理由はありません。
許可を得た撮影、録音それ自体は施設管理権の侵害にならないとしても、不特定多数の者に公表した場合、予期せぬ「炎上」が起き医療機関がその炎上に巻き込まれ運営、管理、平穏な業務遂行の支障となる危険性も否定できません。そのため、許可を得た撮影、録音データであっても不特定多数の者に公表する行為を禁止する必要性が認められ、施設管理権を根拠に禁止することができるものと考えます。
患者との関係では、撮影、録音の禁止と同様に、許可を得た撮影、録音データであっても不特定多数の者に公表することを禁止するとの条項を診療契約に盛り込んでおくことが考えられます。
なお、セカンドオピニオンを得るなどの正当な目的のために、撮影、録音データを他の医療機関等適正な者に提供する行為は、ここに言う公表行為には含まれないのは言うまでもありません。

3 許可なしに撮影、録音がされた場合の対応

撮影、録音を許可制とする場合、その周知徹底が必要になります。施設のエントランス、待合エリア等に注意書き、ポスター等を掲示するなどしておくことや、受付時に患者やその家族に対して口頭で説明することが考えられます。
もっとも、撮影、録音の禁止を周知しても、無許可で撮影、録音がされる可能性はあり、無許可の撮影、録音行為を発見したときは医療機関職員から撮影者録音者に対し、撮影、録音の中止、撮影、録音データの削除、施設内からの退去を求めことになります。ただし医療機関職員が強制力を行使して撮影、録音の中止、データ削除、施設内からの退去を実現するのは控えるべきです。撮影者録音者が要請に従わない場合、不退去罪や威力業務妨害罪が成立し得ることから、速やかに警察に連絡し、警察に対応を引き継ぐのが適切でしょう。