No.116 応召拒否の「正当な事由」の考え方

質問

医師法19条が定める医師の応召義務につき、応召拒否が許容される正当な事由の解釈の基準に変更があったと聞きますが、どのように変化したのでしょう。

回答

1 社会状況の変化を踏まえた新たな厚労省通知

医師法19条は、「診療に従事する医師は、診療治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」として、医師の応召義務を規定しています。正当な事由があるか否かについては、永らくいわゆる昭和24年通知(「病院診療所の診療に関する件」昭和24年9月10日付医発第752号厚生省医務局長通知)に基づいて判断されてきましたが、医療提供体制の変化、勤務医の過重労働問題といった社会状況の変化を踏まえ、令和元年12月25日に厚生労働省から「応召義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(医政発1225第4号厚生労働省医政局長通知* 以下、「令和元年通知」といいます)が出されました。

2 応召義務の法的性質と医師法19条にいう「正当な事由」

医師法19条によれば、応召義務を負うのは医師個人とされています。医師が医療機関に勤務するものである場合も変わりません。医療機関としても医師同様の応召義務を負うものと解されており、この点は昭和24年通知から解釈が変わったものではありません。

これに対し、同条の「正当な事由」の解釈については、医療を取り巻く状況の変化や、いわゆる医師の働き方改革を考慮して、従来からの考え方が大きく変わったといってよいでしょう。

3 労使協定、労働契約の範囲を超えた診療行為について

労使協定、労働契約の範囲を超えた診療行為については、使用者である医療機関と勤務医との間の労働関係の問題になります。使用者が労使協定、労働契約の範囲を超えた診療行為を勤務医に指示した場合、労働基準法等に違反することを理由に勤務医が労務提供を拒否(診療を拒否)したとしても、その医師の応召義務違反とはならない(医師法19条の応召義務が問題とされる場面ではない)との解釈が令和元年通知において示されました。

4 令和元年通知に基づく「正当な事由」の解釈

(1)緊急対応の要否と診療時間、勤務時間との関係

応召拒否が許容される正当な事由の有無の判断において最も重要な考慮要素は、患者について緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)であるとの解釈が令和元年通知において示されました。

また、令和元年通知は、医療機関相互の機能分化、連携や医療の高度化、専門家等による医療提供体制の変化、勤務医の勤務環境への配慮の観点から、診療を求められた時間が医療機関の診療時間と医師の勤務時間の時間内であるか時間外であるかも重要な考慮要素となるとしています。患者を診療しないことが正当化されるか否かの判断について、病状の深刻な救急患者等緊急対応が必要な患者の場合と、病状が安定しており緊急対応が不要な患者の場合とに分けて整理すると以下のようになります

①緊急対応が必要な患者であり診療を求められたのが診療時間内、勤務時間内である場合

医療機関医師の専門性、診察能力、当該状況下での医療提供の可能性、設備状況、他の医療機関等による医療提供の可能性を総合的に勘案しつつ、事実上診療が不可能といえる場合にのみ診療しないことが正当化されます。これは令和元年通知の前と大きく変わるものではないと解されます。

②緊急対応が必要な患者であり診療を求められたのが診療時間外、勤務時間外である場合

応急的に必要な処置をとることが望ましいが、原則として公法上、私法上の責任に問われることはないとされ、必要な処置をとるにしても、医療設備が不十分なことが想定されるので求められる対応の程度は低く、必要な処置を行ったうえで救急対応の可能な病院等に対応を依頼するのが望ましい(必要な処置をとることが義務とはされない)とされています。これは令和元年通知の前と判断が変わるものと解されます。

③救急対応が不要な患者であり診療を求められたのが診療時間内、勤務時間内である場合

原則として、患者の求めに応じて必要な医療を提供する必要があるとされています。ただし、医療機関、医師の専門性、診察能力、当該状況下での医療提供の可能性、設備状況、他の医療機関等による医療提供の可能性のほか、患者と医師または医療機関との間の信頼関係等も考慮して緩やかに「正当な事由」の判断をするとされています。

④救急対応が不要な患者であり診療を求められたのが診療時間外、勤務時間外である場合

即座に対応する必要はなく、診療しないことが正当化されますが、時間内の受診依頼、他の診察可能な医療機関の紹介等の対応をとることが望ましい(義務ではない)とされています。

(2)医療機関または医師と患者の間の信頼関係

令和元年通知は、患者と医療機関または医師との信頼関係についても重要な考慮要素とするとの解釈を示しています。

医師側と患者との間の信頼関係が破壊されるまたは信頼関係が構築できない理由は様々ですが、代表的な場合について整理すると次のようになります。

①迷惑行為をする患者の場合

診療、療養等において生じたまたは生じている迷惑行為の態様に照らし判断することになりますが、診療内容そのものと関係ないクレームを繰り返すなど診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合は、新たな診療を行わないとしても正当とされます。

②医療費不払いがある患者の場合

医療費の不払いがあってもそのことのみをもって診療をしないことは正当化されず、保険未加入で医療費の支払能力が疑われる患者であってもそのことのみをもって診療しないことは正当とはされません。ただし、支払能力があるにもかかわらずあえて悪意により支払わないような場合は診療を行わないとしても正当とされ、特段の理由なく保険診療において自己負担分の未払いを重ねる患者については悪意が推定されることがあるとされています。

③入院の継続の必要がない患者の場合

患者が入院継続を求めていても入院の継続の必要が認められない場合、治療が必要だとしても通院治療で足りるので退院させることが正当とされます。また、医療機関の機能分化や連携を踏まえて、地域全体で患者ごとに適正な医療を提供する観点から、病状に応じて高度な医療機関から地域の医療機関を紹介、転院を求めることも正当とされます。

④外国人の患者の場合

外国人の患者が診療を求める場合の対応については、日本人と扱いは変わらず、原則として応召義務が課されますが、言語が通じない、宗教上の理由等により診療行為そのものが著しく困難であるといった事情が認められる場合はこの限りではないとされています。

なお、新型コロナ感染症が拡大する中で新型コロナ感染が疑われる発熱のある患者が、普段通院している医療機関での診療を断られる事案が相次いだことなどから、かかりつけ医に求められる役割を法律に明記する方向で厚労省が検討を開始しています。かかりつけ医の応召義務についてはさらなる議論を要することになるでしょう。

*https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000581246.pdf

福島県病院協会会報2023年2月号掲載