質問

当社が販売する商品について誹謗中傷するSNS上の匿名の投稿があり、それが拡散した結果、当社の商品の販売数が激減しました。誹謗中傷の投稿をした者に対し、損害賠償請求することを検討していますが、匿名の投稿者の特定はどのようにするのでしょうか。

回答

1 発信者情報開示請求

インターネット上の不当な匿名投稿(侵害情報)により他人の権利を侵害した場合、その侵害情報の投稿が故意又は過失によるものであれば、投稿者は被害者に対し不法行為に基づく損害賠償責任を負いますが(民法709条)、被害者は損害賠償請求の前提として侵害情報投稿者の特定が必要になります。

特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(プロバイダ責任制限法)は、侵害情報を削除しないなどのプロバイダの不作為または侵害情報を削除するなどのプロバイダの作為に関するプロバイダの損害賠償責任の制限と発信者情報(侵害情報投稿者の氏名、住所、電話番号、メールアドレス、IPアドレス等)の開示請求権及びその行使方法について規定しており、同法に基づき発信者情報を得て投稿者を特定することができます。

同法は令和3年4月21日に改正され、投稿者特定のための新たな制度が設けられました。この改正は令和4年10月1日から施行されています。

2 発信者情報開示命令制度の創設

従来から、発信者情報開示請求の開示要件として、侵害情報の流通によって請求者の権利が侵害されたことが明らかであり、かつ損害賠償請求の行使その他開示を受けるべき正当な理由があることが必要であるとされていましたが(改正前プロバイダ責任制限法第4条第1項1号、2号)、この要件は改正法でも変わりありません(改正後同法第5条1項1号、2号)。

プロバイダに対する発信者情報の開示請求は裁判外で行うこともできますが、プロバイダが任意に開示することは稀であり、通常は裁判手続きによることになります。

プロバイダに対する発信者情報の開示請求と一口に言っても、プロバイダには侵害情報が書き込まれる掲示板やSNSなどのサービスを提供する事業者(コンテンツプロバイダ、以下「CP」)と侵害情報の通信を媒介する通信事業者(アクセスプロバイダ、以下「AP」)があり、匿名投稿について投稿者を特定するには、CPに対する侵害情報投稿のIPアドレス等の発信者情報開示仮処分命令を申し立てて通信記録の開示を受けた後に、その通信記録に基づいてAPに対して侵害情報投稿者の氏名、住所等の開示を求めて訴訟を提起し開示を受けるという2段階の裁判手続きが必要であるほか、手続きの間に発信者情報が保存期間経過により消去されてしまうことがあることから、APへの消去禁止の仮処分命令の申し立ても必要になり、手続きに要する時間と費用が被害者にとって大きな負担となっていました。

改正法は、裁判所が主導し当事者の負担が訴訟より軽減される非訟事件手続として発信者情報開示命令及びこれに付随する提供命令及び消去禁止命令の制度を設けました。

被害者(自己の権利を侵害されたとする者)は、CPに対する侵害情報投稿のIPアドレス等の発信者情報開示命令(改正後同法8条)を申し立てるとともに、これを本案とする提供命令と消去禁止命令を申し立てます。CPは裁判所の提供命令に基づき申立人に対し問題となるAPの名称等の情報を提供します(改正後同法15条1項1号イ)。

APの名称等の情報を提供された申立人は、その情報に基づき当該APに対する侵害情報投稿者の氏名、住所等の発信者情報開示命令を申し立て、これを本案とする消去禁止命令を申し立てます(改正後同法16条1項)。

APに対する発信者情報開示命令の申立ては、CPに対する発信者情報開示命令の申立てと併合され一つの手続きで審理されます。

その後、APに対する発信者情報開示命令を申し立てたことを申立人がCPに通知すると、裁判所の提供命令に基づきCPはAPに対して侵害情報の投稿にかかるIPアドレス等の発信者情報を直接提供することになります(改正法15条1項2号)。CPから提供されたIPアドレス等の発信者情報によってAPは侵害情報投稿者を特定できるようになり、APとしてその投稿者の氏名、住所等が判明します。裁判所の開示命令に基づきAPはその投稿者の氏名、住所等を申立人に開示することになります。

3 開示請求の範囲の見直し

Twitterなどのサービスを利用するためにログインが必要になるログイン型サービスのCPは、ログイン時のIPアドレス等の情報を保有していても、ログイン後侵害情報投稿時のIPアドレス等の情報は保有していないことがあり、その場合は投稿者を特定するには侵害情報投稿にかかるログイン時のIPアドレス等の情報(以下「ログイン時情報等」)が必要になります。改正前の法文上このような投稿者のログイン時情報等が開示対象となる発信者情報に該当するか、投稿者のログイン時情報等を媒介したAPが開示義務を負う開示関係役務提供者に該当するかなどの点で争いがあり、改正前のプロバイダ責任制限法の規定の仕方ではログイン型サービス上の侵害情報について十分な対応ができない状況にありました。

改正法は、ログイン型サービスにおける侵害情報投稿にかかるログイン時の通信等を侵害関連通信、ログイン時情報等を特定発信者情報として(改正後同法5条1項)、被害者はCPに特定発信者情報の開示を請求し、APに特定発信者情報をもとに発信者情報を開示請求できることとしました(改正後同法5条2項)。ただし、特定発信者情報の開示については、前述の二つの開示要件に加えて、CPが権利侵害投稿に付随する発信者情報を保有していないなどの補充的要件(改正後同法5条1項3号)を充足することが必要とされています。

福島の進路2022年11月号掲載