No.115 生体情報モニタのアラームに関わる医療事故

質問

人工呼吸器や心拍数モニタなど医療機器のアラームに関わる医療事故で裁判になった事例としてどのようなものがあるでしょうか。

回答

1 医療機器と医療事故

最近の医療機器は故障しにくく安全面や操作性を考慮した設計がされているところから、医療機器が関連する医療事故としては機器そのものの設計・仕様上の欠陥に起因するものよりも医療機器の誤操作、誤設定や管理、監視上の不備など人為的な過失によるものが多く見られます。

医療機器のアラームに関連する医療事故としては、アラームの設定ミスやなにかの都合でアラームのスイッチを切った後に再度スイッチを入れることを失念したなどの理由でアラームが鳴らなかったケース、アラームを適切に設定していたものの監視体制が不十分なためアラームが鳴ったことに気付かなかったケース、アラームに気付いても他の患者の対応に従事していて適切な対応ができなかったケースなどさまざまなものが想定されます。

2 裁判例の紹介

⑴東京地裁令和2年6月4日判決

くも膜下出血のためB病院に入院していた患者Aは、入院中に呼吸が停止し顔面蒼白の状態で発見され、心肺蘇生措置の結果、心拍や自発呼吸は再開したものの低酸素脳症による重度意識障害等が後遺し約4年半後に死亡しましたが、亡Aの相続人らがB病院の医師、看護師らには生体情報アラーム設定を誤り、これを見落としたなどの過失があるとして、B病院に対し不法行為または債務不履行に基づき損害賠償を求めたという事案です。

裁判所はB病院の注意義務として、亡Aの容体の急激な悪化がみられたときには、それを察知できるよう監視すべきであったのであり、バイタルサインの把握については看護師による見回りや目視による確認には限界があるので医療機器を利用しなければならず、医療機器の設定がきちんと維持されているか継続的に確認すべきであるとしました。そして、アラームが鳴り続けることによるAに対する刺激を避けるためアラームをオフにした後、転床の際に一度は手動でアラームをオンの設定にしたものの医療機器の機能により転床前の設定が自動的に引き継がれ再びアラームがオフの設定になったことに気付かず、亡Aの容体が急変するまでの約5日間にわたってアラームがオフになっていることを見過ごした点でB病院の看護師らに注意義務違反が認められるとし、およそ3000万円の範囲で亡Aの相続人らの賠償請求を認容しました。

⑵東京地裁平成17年11月22日判決

もともと慢性腎不全であったCは、左上下肢の筋力低下及び構語障害を発症し搬送された先のD病院で右視床出血による左不全片麻痺の診断を受け緊急入院し、入院中夜間にCの監視モニタのアラーム音がなり、看護師がCの病室に赴いたところCに自発呼吸がなかったため直ちに心臓マッサージ、駆け付けた医師による気管内挿管、ボスミンの心腔内注射などの措置を施したもののCの心拍は回復せず呼吸不全により死亡しましたが、Cの遺族らがD病院の医師、看護師らにCの呼吸不全に対する救命措置を怠った過失があるとして、D病院に対し不法行為または債務不履行に基づき損害賠償を求めたという事案です。

 D病院は、3名以上の夜間勤務の看護師を置いており法令の基準は満たしていること、Cの呼吸に異常があるときはアラームが鳴るように設定して医用テレメータにより監視していたことなどを理由にCの呼吸管理に関し過失はなかったと主張しました。

裁判所は、Cは度々無呼吸の状態になり、死亡前日には酸素飽和度が低下し75~80%の状態になることがあったことから、病院側はCの呼吸状態が再び悪化した場合に備えCの監視体制を強化し、酸素飽和度の低下があった場合には直ちに気管内挿管等の措置を採ることができるような体制を施すべき注意義務があったとし、夜間3名の看護師を置いてこれが法令の基準に適合するものであったとしても、法令の基準はいわば最低基準を示すものであり、これをみたしていなければ過失を肯認する事情に働くものの、法令の基準を満たしているからといって当然に過失を否定することにはならないとしました。

そして、配置されていた3名の看護師がいずれもナースステーションを不在にすることにより、Cの呼吸管理のための装置のアラームが鳴ったことに気付かず30分間もCを放置する結果を招いたのであるから、Cに対する監視上の注意義務違反があったとして、およそ2200万円の範囲で亡Cの遺族らの賠償請求を認容しました。

⑶神戸地裁平成23年9月27日判決

知的障害を負っていたEは、肺炎治療のためG病院に入院中、呼吸状態悪化のため人工呼吸器が装着され、1週間ほどで気管切開、カニューレが装着され、それから一月ほど経った日の午前4時45分頃、看護師FがEの気管内を吸引したところ、中等量の痰が引け、呼吸状態は平静でした。その後Fは別の患者に対応し午前5時21分14秒ころにナースステーションに戻り、午前5時21分39秒頃ナースステーションを出ましたが、その際Eの心拍数が70以下でアラームがなっていました。Fとは別の看護師が午前5時37分ころEの病室を訪れたところ、Eのカニューレが抜けかけ空気の出入りは感じられず、Eは瞳孔が散大し、呼吸停止の状態で、心拍数は20前後でした。すぐさま心臓マッサージとアンビューバッグによる人工呼吸が行われEは蘇生しましたが、低酸素脳症から植物状態になり翌年死亡しましたが、Eの両親はG病院の看護師らに心拍数モニタのアラームに対応すべき注意義務を怠った過失があるとして、G病院に対し損害賠償を求めたという事案です。

G病院は、本件事故がおこった早朝の時間帯は起床に備えて投薬準備、バイタル計測、おむつ交換と多忙を極め、看護師がナースステーション内のモニタばかり見ていることはできずモニタの注視義務はない、アラームは患者の動きによって誤作動を起こすことがあり、異常数値をしめしてもすぐに正常値にもどることもあり、アラームが鳴っていても数値自体は異常値ではないことも少なくないとして、アラームが鳴ったら直ちに訪室するというものではなく、アラームが鳴っていたはずなのに気づくのが遅れたから即過失ありとはならない、Fがナースステーションに戻った30秒前後の短時間でアラーム音やモニタの異常に注意を払う余裕はなく、アラームに気付かなかったとしても過失ということはできない、深夜帯にナースステーションに看護師が不在となる時間があることは普通のことであり、不在とならないように看護師がナースステーションに戻る義務や戻った際にモニタを確認すべき義務はないなどの抗弁を主張しました。

裁判所は、ナースステーションに在室する看護師は、アラームがなったときは直ちにモニタを確認して単なる一時的な異常と判断されるのであれば格別、そうでない場合には訪室して異常の原因を除去する、医師に異常を伝えるなどの措置をとるべき注意義務があるとし、Fはナースステーションに在室していた時Eの心拍数アラームが鳴っていたにもかかわらず何らの対応も行っていない点で注意義務違反が認められるとしました。

また、看護師は同時に複数の対応すべき業務を抱えたときは、適宜優先すべき業務から対応すべきものであり、アラームに対応しないことや対応が遅滞することは人命にかかわる場合があるので、アラーム対応が優先すべき業務であり、アラームに気が付かなかったとすれば、緊急業務に従事していたため気付かなかったとしてもやむを得なかったというべき特段の事情がない限りアラームに気付かなかったこと自体が過失であるとして、およそ1100万円の範囲でEの両親の賠償請求を認容しました。

3 医療機器のアラームに関わる事故を防止するための対応

セントラルモニタ、ベッドサイドモニタ等の取扱い時の注意をまとめた医薬品医療機器総合機構PMDA医療安全情報(ナンバー29 2020年4月改訂版)によれば、医療機器のアラームに関わる事故防止のための対応として、アラームが鳴動した際の基本的な対応方針を明確にすること、患者ごとにベッドサイドモニタ等の必要性をチームで検討すること、モニタが必要な患者については患者の病態に応じて心拍数の閾値や不整脈などのアラームの設定を適宜変更し頻繁なアラームを減らすこと、適切なアラーム音や音量を検討することなどが挙げられています。

福島県病院協会会報2022年6月号掲載