No.114 医師法17条にいう「医業」の意義

質問

医師法17条に規定する「医業」や「医業」の内容となる「医行為」の解釈について最高裁として初めての判断が示されたと聞きました。最高裁はどのような判断をしたのでしょうか。

回答

1 医業の内容となる医行為

お尋ねの事案は、彫り師によるタトゥー施術行為が医師法17条違反に問われた最高裁令和2年9月16日判決のことと思われます。

医師法17条は、「医師でなければ、医業をなしてはならない。」とし無資格者による医業を禁止していますが、医業の意義を明確にする規定はなく、医業の内容は法令の解釈に委ねられています。

厚生労働省の解釈によれば、医業とは当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断および技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、または危害を及ぼすおそれのある行為(「医行為」)を反復継続する意思をもって行うことです

タトゥーの施術行為は、針を取り付けた施術用具を用いて被施術者の皮膚に色素を注入する行為であり、被施術者の身体を傷つける危険な行為であることから、上記解釈によれば医行為に当たり、医師資格を有しない彫り師が行うことは17条違反となりそうですが、昔から医師でない彫り師がタトゥーの施術をしてきたという経過に照らせばこのような結論には疑問が残ることになるでしょう。

医行為該当性が問題となった行為には、救命救急措置の研修のための医師の指導のもとでの歯科医師による歯科に属さない疾病の患者に対する気管内挿管行為、大腿静脈からのカテーテル抜去行為、腹部の触診行為(札幌高裁平成20年3月6日判決)、医師資格のない脱毛サロン経営者がレーザー脱毛機器を使用して皮膚にレーザー光線を照射して体毛の毛根を破壊する方法で脱毛した行為(東京地裁平成14年10月30日判決)、医師の指示で医師資格がない者がコンタクトレンズの処方のために行われる検眼及びテスト用コンタクトレンズの着脱をした行為(最高裁平成9年9月30日判決)などがありますが、これまで最高裁が医業および医行為の解釈およびその判断基準等を示したことはありませんでした。

2 最高裁判決が示した判断基準

医行為該当性の判断につき最高裁令和2年9月16日判決の事案につき、1審の大阪地裁は、医行為とは医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為と解し、タトゥーの施術は医師が行うのでなければ皮膚障害等を生ずるおそれがあるとして医行為該当性を肯定し、被告人を罰金刑に処しましたが、これに対し被告人が控訴しました。

2審の大阪高裁は、医行為とは医療及び保健指導に属する行為の中で、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為と解し、タトゥーの施術は医師が行うのでなければ皮膚障害を生ずるおそれはあるが、医療および保健指導に属する行為ではないとの理由で医行為該当性を否定し無罪を言い渡し、検察官が上告しました。

1審と2審の判断の分かれ目は、医行為該当性の判断において医療及び保健指導に属する行為であることを考慮するか否かにありました。

最高裁は、医師法は医療及び保健指導を医師の職分として定め、医師がこの職分を果たすことにより、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保することを目的とし(1条)、この目的を達成するため医師国家試験や免許制度等を設けて、高度の医学的知識および技能を具有した医師により医療及び保健指導が実施されることを担保する(2条、6条、9条)とともに、無資格者による医業を禁止していること(17条)に鑑みると、17条は医師の職分である医療および保健指導を医師でない無資格者が行うことによって生ずる保険衛生上の危険を防止しようとする規定であると解され、医行為とは医療及び保健指導に属する行為のうち、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為をいうと解するのが相当であると判示し、2審の大阪高裁と同様の立場をとることを明らかにしました。

そして医行為該当性については、問題とされる行為の方法や作用のみならず、その目的、行為者と相手方との関係、当該行為が行われる際の具体的な状況、実情や社会における受け止め方等をも考慮した上で、社会通念に照らして判断するのが相当であるとしました。

本件で問題とされたタトゥー施術は、被施術者の施術者に対する依頼に基づくものであり、装飾的ないし象徴的な要素や美術的意義がある社会的な風俗として受け止められてきたものであって、医療及び保健指導に属する行為とは考えられてこなかったこと、医学とは異質の美術等に関する知識および技能を要する行為であって、医師免許取得過程等でそのような知識及び技能を習得することは予定されておらず、歴史的にも医師免許を有しない彫り師が行ってきた実情があり、医師が独占して行う事態は想定し難いことから、医療および保健指導に属する行為であるとは認め難く、医行為には当たらないというべきであるとして、被告人を無罪とする2審の判断を支持しました。

本判決の考え方によれば、医師法17条は、医師資格を有しない者が生じさせる生命・健康に対する危険全てから国民を守ろうとするものではなく、医師資格を有しない者による医療関連性を欠く生命・健康に対する危険については暴行罪や傷害罪に問われることはあっても医師法17条違反に問われることはないことになります。最高裁令和2年9月16日判決の草野耕一裁判官の補足意見においても、タトゥー施術行為は被施術者の身体を傷つける行為であるから、施術の内容や方法等によっては傷害罪が成立し得るとしています。タトゥー施術行為に伴う保健衛生上の危険を防止するため法規制を加えるべきだとしてもそれは新たな立法によって行うべきこととなるでしょう。

医師法1条
医師は、医療及び保健指導を掌することによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。

医師法2条
国、都道府県、病院又は診療所の管理者、学校教育法に基づく大学、医学医術に関する学術団体、診療に関する学識経験者の団体その他の関係者は、公衆衛生の向上及び増進を図り、国民の健康な生活を確保するため、医師がその資質の向上を図ることができるよう、適切な役割分担を行うとともに、相互に連携を図りながら協力するよう努めなければならない。

医師法6条
免許は、医師国家試験に合格した者の申請により、医籍に登録することによつて行う。
(2項以下略)

医師法9条
医師国家試験は、臨床上必要な医学及び公衆衛生に関して、医師として具有すべき知識及び技能について、これを行う。

医師法17条
医師でなければ、医業をなしてはならない。

福島県病院協会会報2022年2月号掲載