質問

当社は衣料品・服飾品の販売会社です。当社は長年にわたりトラブルなくAに商品を販売してきましたが、Aは現在80歳を超え、判断能力の低下が疑われます。当社がこのままAとの取引を継続する場合、どのような問題があるのでしょうか。

 

回答

1 判断能力が低下した者との取引

有効な法律行為をする前提として自らの行為によりどのような結果が生じるかを認識し、これに基づいて正しく意思を決定する能力が必要であり、その能力を意思能力と呼びます。民法は、法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は無効とされます(民法3条の2)。意思能力が認められるかどうかは、問題とされる個々の法律行為ごとの難易、重大性なども考慮して、行為の結果を正しく認識できていたかどうかということを中心に判断されます。10歳くらいまでの未成年者や泥酔者、重度の認知症患者などが意思無能力者とされます。

高齢者については一般的に事理弁識能力に衰えがあるとしても衰えの程度は人により千差万別ですので、成人は年齢にかかわらず原則として認知能力、判断能力が一定程度以上は維持されるものと仮定し、維持できなくなった者については能力の程度に応じて成年後見制度(成年後見、保佐、補助)による保護が予定され、成年被後見人、被保佐人、被補助人のした法律行為は取り消すことができるとされています(同法9条、13条4項、17条4項)。

判断能力が低下し始めた成年がすべて成年後見人等の選任を受けその保護を受けられるとは限らず、高齢化が進むわが国において契約当事者に意思能力が認められるか否かが争点になる事案が増加するものと想定されます。

2 契約が無効とされる場合の売主の責任

売買契約時に買主が意思無能力であったと認定できる場合、当該契約は無効として扱われる結果、売主は代金相当額及びそれに対する代金受領時から法定利率による利息を付した合計額を買主に対し返還しなければなりません(民法703条)。

また、契約時に買主の判断能力の低下につき意思無能力とまでは認定できない場合であっても当該契約の内容や契約に至る事情などから公序良俗違反にあたり無効とされることがあります。

3 参考となる裁判例

判断能力が低下していく買主との継続的売買取引において、どのような場合にその取引行為が不法行為となるか、またその判断の前提として買主の判断能力をどのようにして認定するかについて参考となる近時の裁判例を紹介します。

宝飾品等の販売を行う会社Yが、平成21年2月から平成28年3月までの間、判断能力が低下したXに過量かつ不必要な宝飾品、衣類等を繰り返し販売したとして、Xの成年後見人に選任されたXの長男であるAがXの法定代理人としてYに対し不法行為に基づく損害賠償請求をしたという事案です。

Xは、平成14年から平成28年までの間、合計221回にわたり宝飾品、時計、眼鏡、衣類等をYから購入し、合計約6500万円を支払いましたが、うち平成21年2月以降の取引の合計額は約5600万円でした。

裁判所は、商品の種類や分量、回数、期間、取引当時のXの年齢、収入といった生活状況に照らしXY間の取引はXにとって通常必要とされる分量を著しく超えた過大なものであったと認定しましたが、通常必要とされる分量を著しく超えた過大なものであったからといって当該取引が当然に売主の買主に対する不法行為を構成するものではないとして、Xにとって過大な量の取引であることをYが認識していたかどうかについて、Yの従業員Bは、Xの生活状況を熟知しており本件取引の状況及び本件取引がXにとって過大な量の取引であることを認識していたと推認できるとしました。

さらに、どのような理由でどの商品についてどの程度の売買取引をするかは個人の自由な判断に委ねられているのであり、Xが健全な判断能力のもと自由に形成した意思に基づいて本件取引をしたのであれば、直ちに社会通念上許容されない違法な取引であったと言うことはできないが、平成25年12月にはXの判断能力が相当程度低下していたと認められ、Yはその判断能力低下の事実を遅くとも平成25年12月までには認識し、または認識し得たと認定しました。その結果、裁判所は平成25年12月時点でYは社会通念に照らし、信義則上本件取引を一旦中止すべき注意義務を負っており、平成25年12月以降も本件取引を継続したことは不法行為と評価されるとし、XのYに対する損害賠償請求を認容しました。

ただし、Aは平成21年12月頃からXが住む母屋と同じ敷地内にある離れで生活しており、Xの生活状況を認識していたことからすると、XとAは身分上も生活関係上も一体であり平成25年12月以降は本件取引の継続による損害の拡大を阻止することができたからAの落ち度を被害者側の過失として考慮すべきであるとして賠償額につき3割の過失相殺をしました(東京地裁令和2年1月29日判決)。

この判決は改正消費者契約法施行日である平成29年6月3日より前の取引に関するものです。改正消費者契約法において、事業者が、物品、権利、役務その他の消費者契約の目的となるものの分量、回数または期間(分量等)が当該消費者にとって通常の分量等を著しく超えるものであることを知っていた場合に消費者に取消権を認める4条4項(過量販売取消)の規定が新設されたことから、改正法施行日以後に買主の判断能力不足に乗じてなされた過量取引について改正消費者契約法4条4項に基づく取消しの適用も考えられます。

4 本件の場合

当社としては、今後の無用な紛争を避ける見地からAの判断能力を的確に把握したうえで、取引の継続には慎重に対応することが必要と思われます。

福島の進路2022年4月号掲載