質問

先日、当社店舗に買い物に来た客Aが店舗出入口で転倒し負傷する事故がありました。Aはそのことで当社に損害賠償を求めてきました。当社はAの請求に応じなければならないのでしょうか。

 

回答

1 転倒事故の責任原因

店舗で利用客が転倒した場合、店舗側の責任原因として①土地工作物責任、②不法行為責任、③債務不履行責任が考えられます。

⑴土地工作物責任

土地の工作物の設置または保存に瑕疵があることによって他人に損害が生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対して損害賠償責任を負い、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者が損害賠償責任を負うことになります(民法717条1項)。

店舗建物は土地工作物責任の対象です。

瑕疵とは、土地工作物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、占有者、所有者は土地工作物の瑕疵につき無過失責任を負うものと解されています。

⑵不法行為責任

建物所有者や管理者は、信義則上建物について安全性に配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っており、安全配慮義務に違反したため第三者に損害が生じた場合、不法行為として損害賠償責任を負うことになります(民法709条)。

⑶債務不履行責任

店舗と利用客の間で販売契約などの契約締結後にあってはその契約に基づいて、契約締結前であっても契約締結に向けて準備するなど特別の関係に入り当事者相互に相手方の誠実な対応を期待、信頼して行動しているような場合は信義則により、店舗側は利用客に対し店舗について安全配慮義務を負い、安全配慮義務違反により利用客に損害が生じたときは債務不履行として損害賠償責任を負うことになります(同法415条1項)。

 

上記のいずれの責任においても、要求される安全の水準は建物の利用目的、態様のほか想定される利用客などに応じて判断されます。また、損害発生または拡大に関して被害者側に過失が認められるような場合は過失相殺が適用されます(同法418および722条2項)。

2 裁判例

店舗内での利用客の転倒事故に関する近時の裁判例を紹介します。

男性X(事故当時33歳)が、平日の午後7時30分ころYが経営するスーパーマーケットに利用客として訪れた際、レジ前通路を歩行中にかぼちゃの天ぷらを踏んで転倒、負傷したことから、Yに対し不法行為責任または債務不履行責任ないし工作物責任による損害賠償請求権に基づき治療費、慰謝料等合計約140万円の支払いを求めたという事案です。

一審の東京地裁は、利用客が惣菜をパックや袋に詰める販売方法では詰め方が不完全で運搬中に惣菜が床面に落下することや、その場所がレジ前通路であることは十分想定されるとし、Yには本件事故発生の予見可能性があり、従業員がレジ周辺の安全確認を行うことは可能であったのであり、Yは本件事故発生を回避し得たとしました。そして、本件事故発生時のように店舗が混み合い、相当数の利用客がレジ前通路を歩行することが予想される時間帯については、Yは従業員によるレジ周辺の安全確認を強化、徹底して、レジ前通路の床面に物が落下した状況が生じないようにすべき義務を負っており、Yには不法行為責任が成立するとしました。もっとも、利用客は一般的に足もとに注意を払うべきであり、本件事故の原因となった天ぷらの大きさや床面の色との違い、Xの年齢等に鑑み、容易に事故を回避し得たこと、本件事故時鞄と買い物かごでXの両手がふさがっていたことなどを考量し、Xの過失割合を5割とする過失相殺をしました(東京地裁令和2年12月8日判決)。

控訴審の東京高裁は、レジ前通路は見通しが良く、事故当時利用客から落下物の申告、苦情等はなかったことから、天ぷらの落下は本件事故に近接する時点であった可能性が高いと判断し、統計的にレジ付近の通路は落下物による転倒事故が発生しやすい場所ではなく、Yにおいてもこれまで他店舗も含めレジ付近で落下物による転倒事故が発生したことはなかったこと、他方、店舗内が混み合う時間帯でも足もとの落下物を回避することは特に困難ではないことなどを総合すると、レジ前通路に天ぷらのような商品を利用客が落とすことは通常想定し難いといえ、短時間でもレジ前通路に落下物を放置しないよう安全確認のための特段の措置を講じるべき法的義務は認められないとし、YはXに対して不法行為責任、債務不履行責任を負うものではなく、店舗につき土地工作物責任も認められないとしてXの請求を棄却しました(東京高裁令和3年8月4日判決)。

これとは別の事件ですが、上記高裁判決と同時期に、スーパーマーケットで買い物中の客が野菜売り場の濡れた床で転倒し骨折したという事案について、野菜から垂れた水滴が床にたまり転倒を招いたものであり、店側は床の清掃などの安全管理を怠るなどの安全配慮義務違反があったとして、店舗を運営する会社に対し約2180万円の賠償を命じた判決があります(東京地裁令和3年7月28日判決)。

このように、店舗での転倒事故は個別の事情により判断が変わるだけでなく、同一の事案であっても事情の評価の仕方で判断が分かれることがあります。

3 本件の場合

当社店舗の出入口の形状や段差の有無、床面の材質、場所的環境、想定される利用客など諸般の事情を総合考慮して、当社店舗が通常有すべき安全性を備えていたか検討し、安全性を欠いていると認められる場合は土地工作物責任を負うことになるでしょう。 また、当社店舗の出入口において想定される転倒事故につき当社が十分な防止措置をとっていなかった場合は安全配慮義務違反として、不法行為責任または債務不履行責任を負うことになるでしょう。

当社として責任を負うような場合には、Aに何らかの不注意がなかったか過失相殺を検討してみるべきでしょう。

福島の進路2022年1月号掲載