質問

当社は店舗新築用地を探していたところ、AからA所有の土地を購入しないかとの勧誘があり、当社はその土地を買い受ける契約をしました。当社はAに代金を支払いましたが、Aは売買契約をキャンセルしたいなどと言い出して本件土地の所有権移転登記手続きに協力してくれません。当社は予定通り店舗新築を進める予定ですが、移転登記が済まないため、店舗新築工事が遅れています。Aに対し訴訟により登記手続を求めるとともに、店舗での営業開始が遅れることにより生じた損害の賠償を求めたいと思います。その際、訴訟にかかる弁護士費用をAに請求できないでしょうか。

 

回答

1 弁護士費用の賠償請求の可否

我が国の民事訴訟は、弁護士費用敗訴者負担の制度を採用しておらず、勝訴判決を得た場合でも弁護士費用は自らが負担するのが原則ですが、損害賠償請求訴訟においては損害の発生原因と相当因果関係のある範囲内で弁護士費用について賠償請求が認められることがあります。

損害賠償請求の法律構成は債務不履行に基づくものと不法行為に基づくものがあり、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟における弁護士費用について、最高裁は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる範囲内で不法行為と相当因果関係に立つ損害であるとし(最高裁昭和44年2月27日判決)、その理由として、現在の訴訟が専門化、技術化していることからすれば一般人が単独で十分な訴訟活動を展開することはほとんど不可能に近く、弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をなし得ないことを挙げています。実務上は認容額の1割程度の弁護士費用を損害として認める運用がなされています。

一方、債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟における弁護士費用については、不履行となった債務の性質により最高裁の判断は分かれています。

金銭債務の不履行の場合、履行を求める訴訟の追行のための弁護士費用その他の取立費用については債務不履行に基づく損害賠償請求はできないとしています(最高裁昭和48年10月11日判決)。その理由として、民法が金銭債務の不履行についてはその損害賠償の額は法定利率によって定めると規定していることから(民法419条)、それ以上の損害賠償は請求できないことを挙げています。

労働契約上の安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求に関して、弁護士費用は労働契約法上の安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害だとした最高裁の裁判例があります(最高裁平成24年2月24日)。この事案は金銭債務以外の債務不履行による損害賠償請求ですが、不法行為に基づく損害賠償請求として法律構成することもできるものであり、同判決の射程が金銭債務以外の債務不履行一般に及ぶものとは解されません。

金銭債務以外の債務の履行を求める訴訟の追行のための弁護士費用その他の取立費用につき債務不履行に基づく損害賠償請求ができるか争われた最高裁の裁判例を紹介します。

代表者が行方不明となり営業停止した不動産会社Zの債権者Xが、Zから土地を買ったYに対してZが有する8,700万円の売買代金債権を差押え、Yに対し差押えた売買代金の支払いを求めた取立訴訟において、YはZの債務の履行を求めて売買目的物の土地の処分禁止の仮処分の申立て、所有権移転登記手続請求訴訟の提起、建物収去土地明渡訴訟の提起、代替執行の申立て等の事務を弁護士に委任してZから土地の引渡し及び所有権移転登記を得たものであり、一連の委任事務にかかる弁護士報酬972万円余りおよび土地に設定されていた担保権抹消のための費用、土地の測量費用等として負担した7,727万円余りについてZに対し債務不履行に基づく損害賠償債権を有しているとして、同債権を自働債権、差し押さえられた売買代金債権を受働債権として相殺を主張したという事案です。

最高裁は、売買契約の買主が、当該売買契約において売主が負う土地の引渡しや所有権移転登記手続きをすべき債務の履行を求めるための訴訟、保全命令、強制執行の各手続きの事務を弁護士に委任した場合でも、買主は売主に対しこれらの事務にかかる弁護士報酬を債務不履行に基づいて損害賠償請求することはできないとし、担保権等抹消費用、測量費用等合計7,727万円余りについては相殺を認めましたが、弁護士報酬972万円余りについては相殺を認めませんでした。その理由として、不法行為に基づく損害賠償請求は侵害された権利利益の回復を求めるものであるのに対し、契約上の債務の履行を求めることは契約の目的を実現して履行による利益を得ようとするものであること、契約締結時に任意の履行がされない場合を考慮して契約の内容を検討したり、契約を締結するかどうかを決定したりすることができること、債務の履行請求権は契約成立という客観的な事実によって基礎付けられるものであり、その主張立証のためには必ずしも弁護士の専門知識は要するものではないことから、弁護士に委任しないと訴訟活動できないというものではないことを挙げています(最高裁令和3年1月22日判決)。

2 本件の場合

本件の場合、不履行となった債務は所有権移転登記手続協力義務であり、当社とAとの間の売買契約という客観的事実により基礎付けられるので、履行請求の主張立証には弁護士の専門知識を必ずしも要しないものと考えられます。そのため当社がAに所有権移転登記手続の履行を求める事務を弁護士に委任したとしても、弁護士費用は債務不履行に基づく損害賠償請求の対象とはならないと解されます。

他方、店舗での営業開始が延びたことにより生じた損害の賠償請求は、不法行為に基づく損害賠償請求として法律構成することもでき、この部分の弁護士費用については損害賠償請求が認められる余地があると考えられます。

福島の進路2021年12月号掲載