質問

当社は、昨年、当社が所有するビルの1フロアを使用目的を事務所としてA社に賃貸しました。先日、A社に賃貸しているフロアの階下の入居者からA社フロアの人の出入りが激しいとの連絡があり現地に確認に行くと、A社が当社に無断でフロアを区分してシェアオフィスに改装し営業していることが分かりました。当社は、シェアオフィス営業をやめるようA社に求め、やめないのであれば契約を解除すると伝えましたが、A社は「コロナ禍でシェアオフィス需要が増えている。事務所として利用していることに変わりはないのだから問題ない」と意に介さない態度です。当社はA社との契約を解除し、A社を退去させられないでしょうか。

 

回答

1 賃借人の義務

賃貸借契約において、賃借物の使用収益の対価として賃借人は賃貸人に対し賃料支払義務を負います(民法601条)。賃借期間中、賃借人は賃借物について善良な管理者としての注意義務を尽くして保管しなければなりません(善管注意義務、同法400条)。

賃借人は賃貸借契約に基づき賃借物を用法に従って使用する義務を負います(用法遵守義務、同法616条、594条1項)。用法遵守義務違反には、ペット禁止の居室でペットを飼う、騒音を出して近隣居室の住人に迷惑をかけるなど様々なものが考えられますが、居住用の貸室を事務所として使用するような目的外使用も用法遵守義務違反に当たります。

賃借期間満了等により賃貸借契約が終了したときは、賃借人は賃借物を原状回復したうえで(原状回復義務、同法621条)賃貸人に返還する義務を負います(目的物返還義務、同法601条)。

一般的に債務者が債務を履行しないとき債権者は契約を解除することができますが(同541条)、賃貸借契約の場合は賃借人に債務不履行があっても、賃貸人と賃借人との間の信頼関係を破壊する行為と認めるに足りない特段の事情があるときは、賃貸人が契約を解除することはできないと解されます。

信頼関係が破壊されたと認められる場合でも、賃貸人は相当の期間を定めて賃借人に履行の催告をすることを要し、履行がないまま相当期間が経過すると契約を解除できるというのが原則です(同法541条)。ただし、契約を解除するに当たり催告をしなくても不合理と認められないような事情があるときや、賃借人が債務の履行を拒絶する意思を明確に表示しているときなどには催告をすることなく解除することができます(同法542条)。

2 目的外使用による賃貸借契約解除

目的外使用による賃貸借契約解除の可否について争われた事案の裁判例を紹介します

甲は所有するアパートの居室を乙に賃貸しました。甲乙間で締結された賃貸借契約には住居使用以外の目的で使用しないこと、乙が居室を転貸することを事前に承諾する旨の特約が盛り込まれていました。乙は賃借した居室を甲の承諾を得ることなく民泊に使用したことから、甲が用法遵守義務違反を理由に賃貸借契約を解除したうえ、乙に賃貸借契約終了に基づき居室の明渡しを求めるとともに、賃料相当額の使用損害金の支払いを求めたという事案です。

乙は、転貸可能とされていた以上、転貸後の使用目的は居住に限られないと主張しましたが、裁判所は、賃貸借契約に転貸を認める特約があっても、居室の使用目的は被告の住居としての使用に限られていたことから転貸後も住居として使用することが基本的に想定されており、特定の者がある程度まとまった期間にわたり使用する住居使用と、1日単位で不特定の者が入れ替わり使用する宿泊使用とでは、使用の態様に差異が生ずることは避け難く、転貸の承諾をうけたことから直ちに居室を民泊に使用することが可能であることには繋がらないとしました。そして、民泊利用者と近隣住民の間でトラブルが発生し、アパートの他の住人から苦情が出ていること、甲が乙に民泊営業のことを問い質した際に乙が民泊営業の事実を認めず8か月もたった後に民泊使用を停止していたこと、民泊利用者の出したゴミの処理につき廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反の余地があったことなどから、甲乙間の信頼関係は破壊され回復には至っていないとして、甲の賃貸借契約解除は有効であり、乙は契約終了に基づく居室の明渡義務を免れないとし、甲の明渡請求を認容しました(東京地裁平成31年4月25日判決)。

3 本件の場合

本件において賃貸借契約を解除するには、A社がフロアをシェアオフィスとして使用していることが目的外使用に当たるか、当たる場合に当社とA社の間の信頼関係が破壊されているかが問題になります。

本件賃貸借契約は用途を事務所使用とするものですが、フロアをA社自身が事務所として利用するのと、区分した事務所をA社以外の複数の第三者が利用するのとでは、フロアの使用状況が全く異なってくることから目的外使用に当たると解されます。

当社とA社の間の信頼関係が破壊されているかは、フロアがシェアオフィスに供されるようになってどれくらい経過しているか(長期間であるほど信頼関係が破壊される)、シェアオフィスの利用者数がどの程度であったか(利用者が多く営業規模が大きいほど信頼関係が破壊される)、シェアオフィス営業によるA社の利得がどの程度であったか(利得が大きいほど信頼関係が破壊される)、フロアを容易に原状回復することができるか(原状回復が困難なほど信頼関係が破壊される)などの事情を考慮して判断することになり、以上の諸事情を考慮して当社とA社の間の信頼関係の破壊が認められるときは、当社は契約を解除しA社に退去を求めることができると考えらえます。

当社としてはまず、A社のシェアオフィス営業の実態を調査して信頼関係の破壊といえるかどうかを検討してみる必要があるでしょう。

福島の進路2021年10月号掲載