質問

当社は業績不振のため退職勧奨により人員整理を進めています。最終的には解雇も検討しなければならないと考えますが、当面は退職勧奨を継続する方針です。退職勧奨を継続するうえで注意すべきことはありますか。

回答

1 退職勧奨と解雇の比較

退職勧奨とは、会社が従業員に対し自由な意思に基づき自主的に退職するよう促す行為です。対象とされた従業員は会社の勧めに応じる必要はなく、勧めに応じない場合は会社がその従業員を退職させることはできません。勧めに応じた場合はその従業員は自己都合により退職したことになります。退職勧奨はあくまでも従業員の自由意思を前提とするので労働法規による規制がなく、従業員の能力不足、指示違反など従業員側の事情から会社の業績不振など会社側の事情まで理由を問わず、対象者の選定、勧奨の方法、時期等について会社に広い裁量が認められます。

解雇は従業員の意思にかかわらず会社の一方的な意思により従業員を退職させる行為です。労働契約法16条は「解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」としています。特に業績不振を理由とする整理解雇では、①経営上の必要性、②経費削減など解雇以外の回避措置を講じていること、③解雇される者の選定が合理的基準によること、④解雇対象者に対する十分な説明、協議を経たことが必要になると解されています。

2 退職勧奨の限界

退職勧奨対象者の選定について会社に広い裁量が認められるものの、不合理な選定基準や法令に反する選定基準が許容されるわけではなく、選定基準のうち年齢について男女間で格差を設けたことを違法とした裁判例があります(鳥取地裁昭和61年12月4日判決)。

また、従業員に対する退職勧奨としての説得活動の方法、態様は、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱し、勧奨を受けた従業員に不当な心理的圧力を加えたり、その名誉感情を不当に害するような言辞を用いたりすることによってその自由な退職意思の形成を妨げるような不当な行為ないし言動を伴うものであってはならず、これに反する退職勧奨は不法行為にあたり会社は勧奨を受けた従業員に対し慰謝料等の損害賠償責任を負うことになります。

3 対象者が消極的意思を示した後の退職勧奨の適法性

退職勧奨を受けた従業員が退職について消極的な意思を表明した場合であっても、退職勧奨のための説明ないし説得を継続することが直ちに禁止されるものではなく、このまま会社に在籍した場合におけるデメリット、退職した場合のメリットについてさらに具体的かつ丁寧に説明または説得し、真摯に検討してもらえたのかどうかのやり取りや意向聴取をし、退職勧奨に応じるか否かの再検討を求めたり、翻意を促したりすることは、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した態様でなされたものでない限り許容されると解されます(東京地裁平成23年12月28日判決)。

初回の退職勧奨の際と同じ説明、説得をただ繰り返すだけの面談は、従業員の自由意思を否定するものとして違法と評価される可能性があるでしょう。

4 退職拒否後の不利益措置

退職勧奨に応じないことを理由に従業員の配置転換、懲戒処分、降格人事、不昇給などの不利益措置を講じることは原則違法となりますが、不利益措置の動機、目的によっては違法にならないことがあります。満65歳になった従業員に退職勧奨を行い、これに応じなかった従業員の賃上げ不実施と、定額の一時金支給を定めた労働協約の定めは、労働者の高齢化による人件費の高騰や経営状況の悪化を理由に取り結ばれたものであって、目的及び締結手続きに不当な点は認められないとして、退職拒否後の賃上げ不実施を適法と判断した裁判例があります(東京地裁昭和60年5月13日判決)。

5 裁判例

退職勧奨の適法性が争点となった近時の裁判例を紹介します。

総合電機メーカーYに勤務するXが、Xの上長であるAから違法な退職勧奨及びパワーハラスメントを受けたと主張し不法行為に基づき慰謝料100万円の支払いを求めるとともに、Xの退職拒否後にYがXについてした異常な低査定は、退職強要を目的とするAの主観に基づく違法かつ無効な査定であるとして、雇用契約に基づく賃金支払請求権または不法行為に基づき違法かつ無効な査定がなかった場合の賃金等との差額合計172万円の支払いを求めたという事案です。

裁判所は、退職勧奨の際に使用者から見た対象従業員の能力に対する評価や、引き続き在職した場合の処遇の見通し等について言及することは、たとえその内容が対象従業員にとって好ましくない内容であったとしても、直ちには退職勧奨の違法性を基礎づけるものではないとしましたが、Xが明確に退職を拒否した後も、Aは複数回相当執拗な態様で退職勧奨の面談をし、確たる裏付けもないのに他の部署への受け入れの可能性が低いことをほのめかし、Xに退職以外の選択肢がないかのような印象を与え、Xの自尊心を傷つけるような言動に及んでおり、Xの意思を不当に抑圧するもので社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した違法な退職勧奨であり不法行為が成立するとして、Yに慰謝料20万円の支払いを命じました。

一方、Xに対する査定については、評価基準に主観的要素が含まれるからといって直ちにこれを不公正で違法なものということはできないし、上長1人のみによる恣意的な評価を許容するものでもないことなどから、Yの裁量権を逸脱した違法な点は見当たらず、退職強要を目的として低査定をしたことを認める的確な証拠もないとしてXが主張する違法かつ無効な査定がなかったとした場合の賃金等の差額の請求を棄却しました(横浜地裁令和2年3月24日判決)。

福島の進路2021年9月号掲載