日本では、氏名の自署に代えてあるいは自署と併せて印章を押捺することが多くあります。
印章は実印と認印に分類されます。実印とは、個人の場合は市区町村に登録し、法人の場合は法務局に登録した印章です。登録した印鑑については印鑑証明書(正しくは「印鑑登録証明書」)の交付を受けることができます。認印とは、実印以外の印章です。認印は主に日常の押印に使用し、実印は金融機関からの金銭借入れや不動産売買など重大な効果をもたらす文書の押印に使用するとのイメージがあるかと思います。
文書に表示された作成者の印章がその文書に押印されているならば、特段の事情がない限りそれは文書の作成者の意思に基づいて押印されたものであるとの推定が働きます。
さらに、文書に印章を押印することは、その文書の内容を確認し、承認する意思の表われであると考えられるので、文書の作成者の意思に基づく押印が文書にされているならば、特段の事情がない限りその文書全体が作成者の意思に基づくものであるとの推定が働きます。この推定の考え方は民事訴訟法に取り入れられています(民事訴訟法228条④)。
文書に押印された印章が認印であっても、実印であっても以上の二つの推定が働くものと解されますが、実印は認印よりも厳重に保管し、押印するに当たって押印の可否の判断をより慎重にするのが通常であることから、認印が押印されている文書よりも実印が押印されている文書の方が、二つの推定がより強く働くものと解されます。
また、二つの推定を働かせる前提として文書に押印された印章の印影と作成者の印章が一致することを確認するのに、認印では比較対象の印影を入手することができず事実上確認が困難になることがありますが、実印であれば作成者の印鑑証明書と文書上の印影を突合することにより一致を確認することができます。
実印の押印と印鑑証明書の添付を求めておけば、文書の印影と作成者の印章が一致することを容易に確認することができ、特段の事情がない限り、その文書全体が作成者の意思に基づき真正に成立したものと認められることの担保になります。
最近、脱ハンコの動向が話題になっており、認印が本当に必要なものであるのか見直されていくことになるとしても、文書が作成者の意思に基づくものであるとの確認を容易にする実印の効力は今後も一定の役割を果たしていくものと考えられます。
令和3年6月23日福島民報掲載