質問

当社は、当社役員のAに対し平成17年、平成21年の1度、期限を貸付けから1年後として100万円ずつ合計200万円を貸し付けました。貸付け後特に取立はしていませんでしたが、平成26年になってAに弁済を求めたところ50万円だけ弁済がありました。その後弁済がないままAは令和2年に死亡しました。令和3年になって当社はAの単独相続人Bに対し貸付金残額の弁済を求めたところ、Bから平成21年貸付けにかかる債務は既に時効消滅しているので平成17年貸付け残元金についてのみ支払うとの回答をしてきました。Bの主張は認められるのでしょうか。

回答

1 債務承認による消滅時効の中断

本件のBの主張は、Aの平成26年の弁済は平成17年貸付けにかかる債務に充当したものとして、平成17年貸付けにかかる債務については債務承認により消滅時効が中断したものの、平成21年貸付けにかかる債務については承認していないので令和3年の現時点では消滅時効が完成しているとの主張であると解されます。

債務者など時効の利益を受けるべき者が債権者に債務を一部でも弁済することは、債務があることを自認する行為であり、債務承認があったものとしてそれまで進行していた時効期間のカウントがリセットされゼロに戻ります(改正前民法147条3号/改正民法152条1項に対応)。

令和2年4月1日施行の改正民法は時効制度をはじめ債権法の分野を大きく改めましたが、改正民法が適用されるのは施行日以後に発生した債権についてのみであり、当社のAに対する各貸金債権はそれぞれ平成17年、平成21年に発生したものであることから改正前民法が適用されます。

2 弁済充当の指定

債務者が同一の債権者に対して同種の給付を目的とする数個の債務を負担する場合において、弁済として提供した給付がすべての債務を消滅させるに足りないときにどのように充当するかは、あらかじめ当事者間の合意があればそれに従って充当されます。

合意がないときは、弁済をする者が給付の時にその弁済を充当すべき債務を指定することができます。弁済をする者が指定をしなければ、弁済を受領する者が遅滞なく指定をすることになりますが、これに対し弁済をする者は異議を出せます。どちらも指定をしなければ民法が規定する順で充当(法定充当)されます(改正前民法488条、同法489条/改正民法488条に対応)。

3 本件の問題点

本件のように同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合、借主が一部弁済をした際の債務承認の効果がどの債務に及ぶのかが問題となります。

⑴借主が弁済充当の指定をした場合の債務承認の効果

債務者の弁済がすべての債務を消滅させるに足りない場合、債務者がどの債務に充当するかを指定していれば、その指定した債務については承認したものとして消滅時効が中断するものの、指定から漏れた債務については債務承認はないものとして消滅時効は中断しないと解されます。

⑵借主が弁済充当の指定をしていない場合の債務承認の効果

債務者がどの債務に充当するか指定をせず債務者の弁済が法定充当された場合、債務承認の効果がどの債務に及ぶかについて参考となる裁判例があるので紹介します。

最高裁令和2年12月15日判決

乙は①平成16年、②平成17年、③平成18年の3回にわたり丙から金銭を借り入れ、平成20年に弁済を充当すべき債務を指定することなく丙に一部弁済をしました。平成25年に丙が死亡し、丙の三女甲が丙の乙に対する貸金債権全てを相続し、平成30年に甲は乙に対する貸金返還請求訴訟を提起したという事案です。

原審の東京高裁は、平成20年の弁済は法定充当により①の貸付けにかかる債務に充当され、乙は弁済が充当される債務についてのみ承認をしたものであるから、②および③の貸付けにかかる債務について消滅時効は中断しておらず消滅時効が完成しているとして、①の貸付けにかかる債務の残元金およびこれに対する遅延損害金についてのみ甲の請求を認容しましたが、甲は上告しました。

最高裁は、借主は自らが契約当事者となっている数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在することを認識しているのが通常であり、弁済の際にその弁済を充当すべき債務を指定することなく弁済をすることは、特段の事情がない限り、各元本債務についてその存在を知っている旨を表示するものと解されることを理由に、各元本債務の承認として消滅時効を中断する効力を有すると解するのが相当であるとしました。

そして①、②、③いずれの貸付けにかかる債務についても消滅時効は未だ完成していないとして、①にかかる残元金および②、③の各貸付金とこれらの合計額に対する遅延損害金について甲の請求を認容しました。

4 本件の場合

Aが平成26年の弁済を当社のAに対する平成17年貸付けにかかる債務に充当する指定をしていた場合、同債権については債務承認により消滅時効が中断していますが、平成21年貸付金債権については令和3年の現時点では返済期限から10年の消滅時効が完成していることから、当社はBから平成17年貸付け残元金およびそれに対する遅延損害金を回収できるだけになります。

Aが弁済充当の指定をしていなかった場合、Aの弁済により平成17年貸付金債権および平成21年貸付金債権いずれについても債務承認による時効中断があったことになり、令和3年の現時点で消滅時効は完成しません。当社は平成17年貸付け残元金および平成22年貸付け残元金の合計額ならびにこれに対する遅延損害金をBから回収することができます。

福島の進路2021年6月号掲載