質問

当社は建設会社です。当社が建築したビルの隣地建物の住人Aが、工事により自宅外壁に亀裂が生じたとして当社に対し修復工事費用の損害賠償を求めてきました。当社の工事が始まってからA宅外壁に亀裂が生じたことは事実のようですが、A宅は築50年あまりで経年劣化も相当進んでいたと思われます。当社はAの損害賠償請求に応じなければならないのでしょうか。

回答

1 第三者被害と因果関係

山留工事をする際の事前調査が不十分であったり工事自体に不備があったりして工事現場付近の建物に不同沈下や傾斜等が生じるといったように工事により工事現場周辺の建物に損害が生じることがあります(いわゆる第三者被害)。施工業者は工事現場周辺の建物の古さ、傷みの程度といった状態を十分に調査し、周辺の建物に損害が生じることのないよう周辺の建物の状態に応じた工事を行う義務があり、この義務を尽くさずに周辺の建物に損害が生じれば、施工業者は不法行為に基づく損害賠償責任を負うことになります(民法709条)。もっとも、周辺の建物の沈下や傾斜などの損害が生じても工事との因果関係は判然としないことが多く、因果関係の有無が紛争における最大の争点となることが多いようです。

因果関係の有無は、工事の性質、周辺の建物との距離、沈下や傾斜の程度、態様、工事から沈下、傾斜発生までの経過期間などの事情を総合考慮して判断することになります。工事の事前調査が行われた事案では、事前調査時に既に損傷が存在したことが分かる写真等が存在せず、かつ事後調査によって損傷の発生が把握できる事案であれば、工事期間中の他の原因が具体的に問題とならない限り、工事内容などの他の事情に深入りすることなく工事と損傷との間の因果関係が認められるものと考えられます。

沈下、傾斜した建物について復元工事をすることが考えられますが、復元工事は同種同等の建物を新築するよりも費用がかかることがあります。周辺の建物の沈下、傾斜と工事との間の因果関係が認められる場合であっても、沈下、傾斜の復元工事費用全額が賠償の対象となるものではなく、損害の公平な分担の観点から民法416条の類推適用により損害賠償の範囲は相当因果関係が認められる範囲に限られると解されます(最高裁昭和48年6月7日判決)。

また、建物の沈下、傾斜のためにその建物内での営業や、賃貸に供することができなくなったといった営業損害についても相当因果関係が認められる範囲で賠償責任を負うことになります。

沈下、傾斜した建物が居住用である場合は生活に対する影響を生じうるところであり、慰謝料請求も認められることがあります。

2 裁判例

工事と損害との因果関係が争点の一つとなった第三者被害型の近時の裁判例を紹介します。

施工業者Yのマンション新築工事により隣地建物の屋内配水管と屋外埋設塩ビ管の接合部が沈下、破断し、排水が阻害されて汚水が逆流し、補修費用相当額等合計410万円の損害が発生したとして、隣地建物所有者XがYに対し不法行為に基づく損害賠償及び遅延損害金を求めたという事案です。

Yは、工事前からX所有建物の塩ビ管周辺の地盤沈下が認められたこと、本件沈下・破断はマンション地下躯体が完成してから3か月後に発生したことなどから、X所有建物が新築から45年以上という経年の影響もあり塩ビ管が破断したのであり、Yの工事が本件沈下、破断の直接の原因とは言えないと主張しましたが、裁判所は、Y施工の山留親杭からX所有建物の埋設塩ビ管まで近く、地盤が軟弱であること、X所有建物配水管接合部の強度に問題があること、本件訴訟と並行して進められた民事調停事件の調停委員である一級建築士の意見書など弁論の全趣旨を併せて考慮し、山留の杭を打つなどの作業でX所有建物敷地が揺れ、その影響で地盤が沈下し、塩ビ管の沈下、接合部破断に至ったと認定しました。

Yは、工事着手前にX所有建物の埋設塩ビ管を目視することができず、詳細を知り得なかったのだから塩ビ管の破断を防ぐ措置を講じずに施工したことに注意義務違反はないと主張しましたが、裁判所は、X所有建物の土間コンクリート撤去時にYが配水管の存在を認識し、X所有建物敷地の地盤が軟弱であることを認識していたとして、Yは配水管への影響を検討し影響の可能性があるのであればXにその説明をする義務があったとしました。ただし、X所有建物配水管が破損しないようにするには、配水管の接合部が現在の標準的な仕様とはいえずその強度に問題があるため埋設塩ビ管をブラケット等で支持する必要があり、これには相応の費用を要するため、Xが求めるブラケット等による支持などの対策をする義務がYにあったとまでは言えないとしました。

以上から、裁判所は、Yの注意義務違反によりXに損害が生じたことを認め、埋設塩ビ管をブラケット等による支持をする費用70万円を損害額から控除したうえ、Xが配水管の定期的なメンテナンスをしていなかったために被害が拡大したこと、配水管接合部の強度に問題が無ければ本件沈下、破断はさけられた可能性が高いことから、民法722条2項の適用又は類推適用により5割の過失相殺をし、Xの請求を一部認容しました(東京地裁平成31年3月8日判決)。

3 本件の場合

本件においても、当社の工事とA宅外壁に亀裂が生じたこととの因果関係が大きな争点となると思われます。因果関係が認められる場合でも、Aが定期的なメンテナンスを怠っていたとか、A宅の外壁に50年あまりという経年による劣化が認められたとかの事情があれば、過失相殺の適用又は類推適用により賠償額が減額される余地があります。

福島の進路2021年5月号掲載