質問

当社の配送員Xがトラックで商品を輸送中にA運転の車に衝突してAを負傷させる事故を起こしたため、XはAに対し損害賠償として100万円を支払いました。Xは当社の事業の執行について生じた事故だから支払った100万円は会社が負担すべきものだとして、当社に100万円を請求してきました。当社はAの請求に応じなければならないのでしょうか。

回答

1 求償と逆求償

使用者(会社)の事業を執行している被用者(従業員)が事業執行の過程で第三者に損害を負わせた場合、被用者本人が第三者に対し損害賠償責任を負うのは当然ですが(不法行為責任、民法709条)、使用者もまた第三者に対し損害賠償責任を負うこととされています(使用者責任、同法715条1項)。

使用者が被用者の活動によって自己の活動領域を拡張し利益を上げているのだから、利益の存するところに損失も帰するべきであるという報償責任の考え方や、使用者は被用者の労働をコントロールできる地位にあり企業活動における危険を支配しているのだから使用者はその責任も負うべきであるとする危険責任の考え方に基づき、被害者救済を厚くするため、使用者も損害賠償責任を負うとしたものです。

第三者に損害を賠償した使用者は加害行為をした被用者に対する求償権を取得するとされていますが(同法715条3項)、報償責任や危険責任の考え方からすれば、事業から生ずる損害の全てを被用者が負担するというのは必ずしも公平とはいえないことから、使用者から被用者に対する求償については、損害の公平な分担の見地から信義則上相当と認められる限度において請求をすることができるものと解されています(最高裁昭和51年7月8日判決)。

民法715条の規定とは逆に、被用者が第三者に損害賠償した場合に被用者が使用者に対し求償することを一般的に逆求償と呼んでいますが、民法には逆求償について明文の規定はありません。

2 逆求償の裁判例

これまで最高裁は逆求償の可否について明確な判断を示しておらず、下級審の判断は分かれていました(否定した裁判例として千葉地裁平成19年11月30日判決、肯定した裁判例として佐賀地裁平成27年9月11日判決)。

最高裁令和2年2月28日判決は逆求償を認め、求償できるとした場合の求償額の基準を示しましたが、その内容は以下のとおりです。

貨物運送事業者乙社のトラックの運転手である甲が勤務中に交通死亡事故を起こしました。乙社は事業に使用する車両について任意保険に加入しておらず、被害者の遺族の1人から損害賠償請求訴訟を提起された甲は、確定判決に従って被害者の遺族の1人に1,500万円余りの損害を賠償しました。一方で乙社も別の遺族から損害賠償請求訴訟を提起され、和解により1,300万円の損害を賠償しました。

甲は乙社に対し自身が支払った賠償額と同額の求償請求(逆求償)をし、乙社は甲に対し乙社が負担した賠償額と同額を求償請求する反訴を提起したという事案です。

原審の大阪高裁は、使用者と被用者の共同不法行為が成立する場合を除き、被用者から使用者に求償することはできないとして甲の請求を棄却し、乙社の反訴請求についても信義則上制限されるとして棄却したところ、甲はこれを不服として上告しました。

最高裁は、使用者責任の趣旨からすれば、使用者はその事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず、被用者との関係においても損害の全部または一部について負担すべき場合があること、使用者が第三者の被った損害を賠償し被用者へ求償する場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで、使用者の損害の負担について異なる結果となるのは相当ではないことなどから、被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、その損害を賠償した場合には、被用者は使用者の事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防または損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について使用者に対して求償できるとして、甲が乙社に対して逆求償することができる額について審理を尽くさせるため原審の判断を破棄し差戻しました。

本判決は使用者、被用者ともに損害全部について負担すべき場合があることを想定するものですが、本判決の菅野博之裁判官、草野耕一裁判官は、通常の業務において生じた事故による損害について被用者の負担とすると被用者に著しい不利益をもたらすのに対し、使用者はこれを負担しても偶発的財務事象として合理的に対応が可能であり、財務上の負担を軽減する手段として損害賠償責任保険に加入するという選択肢が存在することなどから、被用者が負担すべき部分は僅少なものとなることが多く、これを零とすべき場合もあり得るとする補足意見を表示している点に留意しておくべきでしょう。

3 本件の場合

本件事故はXが当社の事業の執行としての運転中に発生したものである以上、XがAに損害賠償したことにより、Xは当社に対する求償権を取得するものと考えます。

Xが賠償した損害につき、Xと当社がどのように負担するかについては、本件事故がXの重大な過失によって起きたというような特段の事情があればXの全額負担とする余地がありますが、そのような事情がない限り当社も負担を免れず、Xの求償請求に応じなければならないとされるでしょう。

その場合、当社がXに安全運転教育を実践しているか、当社が損害賠償責任保険に加入しているかなど当社とXの間の事情を総合的に考慮して損害の公平な分担の見地から損害の負担割合を判断することになります。

福島の進路2020年12月号掲載