質問

当社は総合建設会社で、現在進めているビルの建築の請負工事には一次下請会社甲社と、その下請の二次下請会社乙社があります。当社は工事内容について甲社に大まかな指示をし、甲社が具体的な工事計画をたて、乙社が工事を進めています。

先日、その工事作業中、乙社従業員の丙が負傷する事故が起こりました。丙は本件工事現場の安全管理が不十分であったために事故に遭ったとして、乙社、甲社のほか当社に対して損害賠償を請求してきました。当社は丙に対し損害賠償責任を負うのでしょうか。

回答

1 会社の安全配慮義務

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとされており(労働契約法5条)、会社は労働者が労務提供のために設置する場所、設備もしくは器具等を使用しまたは使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負うと解されています(最高裁昭和59年4月10日判決)。

事業者は、労働災害防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならず(労働安全衛生法3条1項)、特に建設工事の注文者等仕事を他人に請け負わせる者は、施工方法、工期等について、安全で衛生的な作業の遂行を損なうおそれのある条件を附さないように配慮しなければならないとされています(同条3項)。

会社の従業員に対する安全配慮義務を怠ったために労働災害が発生した場合、会社は従業員に対する債務不履行(民法415条)または不法行為(民法709条)による損害賠償責任を負うことになります。

元請会社は発注先である下請会社の従業員に対する安全配慮義務を負うことは原則としてありませんが、元請会社と下請会社の従業員との間にある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係が認められる場合には安全配慮義務が生じると解されます(最高裁昭和50年2月25日判決)。特別な社会的接触とは、下請会社の従業員が元請会社の管理する設備、工具などを使っていた、事実上元請会社の指揮監督をうけて働いていた、作業内容が元請会社の従業員の作業内容と類似していたなどの事情により元請会社と下請会社の従業員との間で実質的な使用関係あるいは間接的指揮命令関係が認められることをいいます。元請会社と、二次、三次と重層的に続く下請関係にある会社の従業員との関係についても同様に判断されます。

2 裁判例

元請会社と一次下請会社について、二次下請会社の従業員に対する安全配慮義務違反が争点となった裁判例として、東京高裁平成30年4月26日判決を紹介します。

二次下請A社の従業員として樹木の剪定作業に従事していたXが、作業中に樹木の5メートルの位置から転落、受傷し重篤な後遺障害を負ったことから、直接の使用者である二次下請A社及びその代表B、一次下請C社、元請会社D社を相手どり、安全配慮義務違反を理由に損害賠償を請求したという事案です。

Xは、本件工事ではA社、C社、D社は高所作業車を使用するか作業床を設置すべきであったし、それが困難であるなら安全帯の命綱(ランヤード)を二丁掛けで使用させる義務があったにもかかわらずこれを怠り、Xに一丁掛けで作業を行わせた点で安全配慮義務違反があると主張しました。

原審の裁判所は、A社は剪定作業の経験の浅いXにランヤードを掛け替える際の三点支持の方法を具体的に指導すべきところこれを怠り、高所作業を行わせた点で安全配慮義務違反があったとし、Xと共に剪定作業に従事しXを指導監督していたBとともに安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を認めましたが、C社についてはD社からの指示に基づき工事を施工するための一般的な指示をしていたにとどまり、D社については全体的な施工計画を定めていたにすぎず、それぞれXと特別な社会的接触があったとはいえないとしてXに対する安全配慮義務自体を否定しました。

控訴審の裁判所は、原審同様に高所作業車や作業床の使用義務を否定したものの、安全帯については一丁掛けではランヤードの掛け替えの際に落下の危険防止の措置が何ら講ぜられていない状態が生じる点で違法があるとし、A社およびBにはXに二丁掛けの安全帯を提供し、使用法を指導し、本件作業に使用させる義務がありながらこれを怠ったとして安全配慮義務違反を認めました。またC社およびD社についても、安全指示書のやり取りや安全衛生の手引の交付を通じてD社からC社、C社からA社へと順次具体的な指示が行われ、その遵守状況の確認もしていたからA社、C社、D社とXとの間に、特別な社会的接触関係を肯定するに足りる指揮監督関係があったとし、二丁掛けの安全帯の使用を徹底させず、一丁掛けの安全帯で十分との誤った認識のもと一丁掛けの指示をXにしていた点に安全配慮義務違反を認め、A社、B、C社、D社の全員にXに対する損害賠償責任を認めました。

なお、X自身は事故当時に一丁掛けのランヤードの使用さえも怠っていたため、これが転落の原因として重く見られ、5割の過失相殺をされています。

3 本件の場合

当社は、丙に対し直接指示、安全教育を行っていたわけではなく、器具、備品を提供していたこともないので、当社と丙との特別な社会的接触関係を肯定できる状況には至っていないと考えられ、当社が丙に対して直接的に安全配慮義務を負うものではないと考えられます。

福島の進路2020年11月号掲載