質問

当社の社員Aは、友人のBから自動車を購入するため名義を貸して欲しいと頼まれ、永年の付き合いからこれを承諾したところ、自動車を購入してから数か月が経った先日、Bは購入した自動車を運転中にCが運転する車両に追突する事故を起こしたとのことです。その結果AはCからBが起こした事故による損害賠償請求を受けて困っているとの相談を受けました。頼まれて名義を貸しただけのAはCに対し損害賠償責任を負うのでしょうか。

回答

1 運行供用者責任

交通事故において、加害車両の運転者が被害者に対し損害賠償責任を負うのはもちろんですが、運転者以外の第三者が損害賠償責任を負うことがあります。

自動車損害賠償保障法(自賠法)3条は、「自己のために自動車を運行の用に供する者(運行供用者)は、その運行によって他人の生命または身体を害したときは、これによって生じた損害につき賠償する責に任ずる」として、運行供用者の損害賠償責任を定めています。

運行供用者とは、自動車の使用について支配権を有し、かつ、その使用により享受する利益が自己に帰属する者を意味すると解されています(最高裁昭和43年9月24日判決)。

運行供用者に当たるか否かは、自動車の運行について支配的な立場にあるか(運行支配)と自動車の運行によって利益を受けているか(運行利益)の二つの要素を検討することになります。運行支配の有無について支配関係を規範化、抽象化して判断されることが多く、必ずしも直接、具体的な支配の実在までは必要とせず、社会通念上その者が車の運行に対し支配を及ぼすことの出来る立場にあり、運行を支配、制御すべき責務があると評価される事情があれば運行支配があると認められます。

運行利益の有無についても、利益を抽象化、客観化して判断される傾向にあり、必ずしも現実的・具体的な利益を享受することまでは必要とせず、事実関係を客観的外形的に観察して、法律上または事実上なんらかの関係でその者のため運行がなされていると認められる事情があれば運行利益があると認められます。

運行支配と運用利益の要素のうち運行支配の要素がより重視される傾向にあるようです。

運行供用者に当たる場合であっても、自己および運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意または過失があったこと、ならびに自動車の構造上の欠陥または機能の障害がなかったことを証明したときは賠償責任を免れるとされています(自賠法3条ただし書)。しかし、これらの3要件全てを立証することは実際には困難であり、運行供用者責任は事実上の無過失責任に近いと解されています。

自賠法3条による賠償の対象となるのは人身傷害による損害に限るとされ、物的損害は対象とされません。

2 裁判例

運行供用者にあたるか否かが争われた裁判例として最高裁平成30年12月17日判決を紹介します。

生活保護を受給していた丙が自動車を購入しようとしたところ、自己名義で自動車を所有すると生活保護が受給できなくなることを危惧し、弟の乙に名義貸与を依頼し、乙はこれを承諾し、丙は所有者兼使用者の名義を乙として自動車を購入しました。自動車を購入してから半年ほどして、丙は当該自動車を運転中に甲が乗る自動車に追突させる事故をおこし甲を負傷させてしまい、甲は乙の運行供用者責任に基づき乙に対し損害賠償請求したという事案で、乙が運行供用者に当たるかが主たる争点になりました。

乙と丙の生活上の関わりは、住居、生計を別にして、交流もあまりない疎遠な関係であり、乙は本件自動車を使用したことはなく、その保管場所についても知らず、自動車の代金、ガソリン代等の維持費の負担も全くしていないという状況でした。

最高裁は、乙は丙からの名義貸与の依頼を承諾して本件自動車の名義上の所有者兼使用者となり、丙は乙の名義で購入した本件自動車を運転して本件事故を起こしたものであるが、事故当時丙は生活保護を受けており自己の名義で本件自動車を所有すると生活保護をうけることができなくなるおそれがあると考え、本件自動車を購入する際に、乙に名義貸与を依頼したというのであり、乙の丙に対する名義貸与は、事実上困難であった丙による本件自動車の所有及び使用を可能にし、自動車の運転に伴う危険の発生に寄与するものであるとし、また、乙が丙の依頼を拒むことができなかった等の事情もうかがわれないので、乙と丙とが住居および生計を別にしていたなどの事情があったとしても、乙は丙による本件自動車の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上その運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にあったと言うべきであり、乙は本件自動車の運行について運行供用者に当たるとの判断を示し、結局甲から乙に対する損害賠償請求を認めました。

3 本件の場合

本件では、Bが事故を起こした自動車の所有および使用に関しAは何ら関知していないようであり、AがBの自動車所有および使用に関し支配的地位にあったといえず、また名義を貸したことでAはBから何らかの利益を受けたものでもありません。Aには運行支配も運行利益も認められず原則として運行供用者には当たらず、Cに対する損害賠償責任を負うこともないと考えられます。

仮に、AがBの自動車を借りて使用することがあった、AがBの自動車につきAの自宅を保管場所とすることを許可していた、Bに自己名義では自動車を購入できない何らかの理由があり、Aがそれを知りながら名義貸与に応じたなどの事情があれば、Aに運行支配、運行利益が認められAが運行供用者責任を負うことも考えられますので、AB間の名義貸与に至る具体的事情や自動車購入後の具体的事情を検討する必要があるでしょう。

福島の進路2020年10月号掲載