No.111 褥瘡の発生防止及び治療義務

質問

患者の褥瘡の発生に関し医療機関はどのような責任を負うのでしょうか。

回答

褥瘡は、身体の皮膚組織が潰瘍状態になり、放置することで皮膚ばかりでなく筋肉や骨の組織破壊に至り、傷口から細菌が侵入し感染症を招くこともあるうえ、治りにくいことから、そもそも発生させないよう予防することが重要になります。褥瘡の予防には、仙骨部など好発部位の皮膚表面の観察、2時間に1回を基本とする除圧のための体位交換、体圧分散のためエアマット等の寝具、除圧器具の使用、失禁対策やスキンケアによる清潔で適度に乾燥した皮膚状態の保持、十分な栄養補給、改善といったことが必要とされ、医療機関は入院患者に対しこれらの褥瘡予防措置を講じる診療契約上の責任を負っています。

また、保険医療機関は入院基本料を算定するにあたって褥瘡対策が必須とされており、具体的には医療機関において褥瘡対策の実施すること、褥瘡対策チームを設置すること、日常生活の自立度が低い入院患者につき褥瘡に関する危険因子の評価を行い、褥瘡に関する危険因子のある患者および既に褥瘡を有する患者については適切な褥瘡対策の診療計画の作成、実施、評価を行うこと、体圧分散マットレス等褥瘡対策用品を適切に選択、使用する体制を整えること、毎年7月に褥瘡患者数等の「施設基準の届出状況等の報告」をしていることが要件になります。

褥瘡予防措置を講じてもなお褥瘡が発生してしまった場合、あるいは入院前に既に褥瘡が発生していた場合、医療機関は適切に治療し、褥瘡が重篤化しないようにする責任を負います。

もっとも、設備、用品、マンパワー等の不足、加齢等による皮膚変化や生体防御機能の低下など患者自身の素因といった事情により短期間でも褥瘡が発生してしまうことがあり、褥瘡の発生を防ぐことは医療機関にとって大変困難なものであり、褥瘡の発生を防げなかった医療機関は必ず患者に対して損害賠償義務を負うというものではありません。医療機関に褥瘡の発生防止、治療に関する注意義務違反が認められるか、褥瘡発生の結果は回避し得たものかといった観点から医療機関の責任の有無を検討することになります。

褥瘡の発生に関して争われた裁判例で、医療機関の責任が肯定されたものと否定されたものを紹介します。

1 東京高裁平成30年9月12日判決

 A(平成25年6月20日当時77歳)は、リハビリのためY病院に入院していたところ、遅くとも平成25年6月18日までに、看護師により仙骨部に発赤を確認し、同220日の褥瘡回診の際に医師により仙骨部にⅡ度の褥瘡があることが確認され、その後褥瘡の治療のため転院を繰り返したが全身状態が芳しくないため手術を断念し、翌平成26年11月に敗血症により死亡したため、Aの相続人XはY病院に褥瘡発生防止義務、治療義務を怠った過失があるとして、債務不履行に基づく損害賠償請求をした事案です。

Xは、Aが当時77歳と高齢で、嚥下障害を患い経口での栄養補給が十分でなく、低栄養状態であったこと、大脳皮質基底核変性症であることなど褥瘡の危険因子を有していることをY病院は認識し、入院時の看護計画においても最低2時間ごとの体位交換を行い、皮膚保護材や体圧分散マットを使用することとなっていたにもかかわらず、6月20日に褥瘡を確認するまで実施していなかった点でY病院には褥瘡発生を防止すべき義務を怠った過失があり、褥瘡確認後体位交換の回数を増やす、エアマットレスを使用する、細菌培養検査を実施し、壊死部分にデブリードマンを実施するなど褥瘡の治癒・改善のための治療を行うべきであったのに、実施しなかった過失があると主張しました。

裁判所は、Y病院は褥瘡発生防止のための対策を行うべき一般的な義務があり、Aに対しては体位交換を最低2時間ごとに実施し、体圧分散寝具を使用し、皮膚に異常がないか観察すべき義務を負っていながら、2時間を空けない体位交換をルーティンワークとして実施せず、通常のマットを使用していたので、Aの褥瘡発生を防止すべき義務を怠っており、褥瘡認識後も通常のマットレスを使用し、細菌検査をせず、壊死組織の除去も実施しなかったことから適切な治療をすべき義務を怠ったとしてY病院の過失を認定しました。

そして、これらの過失がなければ、Aに褥瘡が発生しⅣ度まで悪化する事態も退院へ転院して治療をうける事態も避けることができた高度の蓋然性があるとして過失と損害発生との間の因果関係を認め、Xの損害賠償請求を一部認容しました(請求額約2066万円に対し認容額は約668万円)。

2 横浜地裁平成14年7月16日判決

甲(入院時58歳)は、平成8年5月14日、発熱、呼吸不全の症状により乙病院に緊急入院しました。乙病院では、人工呼吸器による呼吸管理を行い、各種抗生剤を投与しながら各種検査を続けましたが、同年7月2日まで甲の意識は回復せず、9月18日になって退院はしたものの、甲の仙骨部に褥瘡が発生し、平成10年1月9日まで皮膚科に通院し褥瘡の治療を要したことから、乙病院に対し診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求をした事案です。

甲は乙病院が1,2時間ごとの体位交換、皮膚の清拭、マッサージ、栄養補給等を実施して褥瘡発生を防止すべき看護管理上の義務を怠った過失があると主張しました。

裁判所は、褥瘡が発生したからといって、ただちに褥瘡発生防止義務違反として被告に債務不履行責任が生じると解するのは相当ではなく、治療行為を行う際に一般的に要求される義務を怠ったといえる場合に被告に債務不履行責任が生ずるとしました。そして、体位交換の実施により血圧低下、血液中の酸素量の減少、人工呼吸器とのファイティング等が生じ、それらの変化に耐えられず患者の状態が悪化した場合に生命に危険を生じることがあるため、体位交換を行うに当たってはこのような危険を避けるべきものとされており、甲は重篤な呼吸不全状態にあり、動脈血酸素飽和度を90パーセント以上に保つことが非常に重要であり、看護師はパルスオキシメーターで酸素飽和度を確認しながら体位交換をするか否かを慎重に判断していたと認定しました。甲の生命保持を最優先し、たとい褥瘡発生の危険性があったとしても、動脈血酸素飽和度等の低下の可能性がある体位交換を差し控えるべき時期、急性呼吸促迫症候群の状態にあり死亡率の高い危険な状態にあり、体位交換により状態が悪化した場合にこれを回復する手段を的確に選択することが難しい状態にあったことから、結果的に2時間ごとの体位交換ができなかったとしても、このことを捉えて医療機関としての義務違反に当たるとすることは相当でないとしました。

また、乙病院では患者の汚染の状態、疲労度等に応じて清拭の内容、範囲を決めていたところ、甲は非常に発汗が多かったため優先的に清拭を行っており、甲が個室にいる間は、全身清拭の日が7、分部清拭の日が3くらいの割合で毎日清拭をしていたことを認定し、清拭の実施状況について医療機関としての義務違反に当たるとすることは相当でないとしました。

栄養管理については甲の入院時すでに栄養障害を起こしており、かつ極めて重篤な呼吸不全であったため、乙病院は経管栄養による栄養管理をすることができず、点滴を行わざるを得なかったが、入院から5日後には経管栄養に切り替え、その後も徐々に経管栄養を増量していったことを認定し、この点においても医療機関としての義務違反に当たるとはいえないとしました。

裁判所は以上の点を総合して、乙病院の過失を認めず、甲の請求を棄却しました。

福島県病院協会会報2020年6月号掲載