質問

当社は、急遽テレワーク体制を整えるため複数台のノートパソコンが必要になり、今年4月に付き合いがあるB社から中古のノートパソコンを購入し使用していましたが、7月になってC社から当該ノートパソコンはB社にリースしていた物で所有権はC社にあるとして返還を求められています。当社はC社にノートパソコンを返さなければならないのでしょうか。返すとすれば、B社に払った代金はどうなるのでしょうか。

回答

1 即時取得とは

本件ノートパソコンの所有者が誰であるかを考えるうえで即時取得という制度が問題となります。

不動産であれば登記制度によりその権利関係が表示され、これにより第三者は譲渡などの物権変動を知ることができますが、一般的な動産には登記制度がないため、動産の引き渡しにより物権変動を知ることになります。民法上、自分に所有権がない物の売買契約を締結することも可能であるため、占有者が所有者ではないことを知らず、過失無く占有者が所有者であると信じ占有者から購入したとしても、購入者は売買目的物の所有権を取得できないことにもなり、取引の安全を害するおそれがあります。民法は、取引行為によって、平穏に、かつ公然と動産の占有を始めた者は、占有者が所有者でないことにつき善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得するとし(即時取得、民法192条)、取引の安全を図っています。

即時取得の要件である「占有を始めた」の占有とは、自己のためにする意思をもって物を所持することです(同法180条)。

一般に占有を始める(占有が移転する)態様には、目的物を現実に引き渡す(現実の引渡し、同法182条1項)ほか、譲受人またはその代理人が既に目的物を所持している場合に占有権譲渡の意思表示をする(簡易の引渡し、同条2項)、譲渡人が譲受人の占有代理人になり引き続き目的物を所持する意思表示をする(占有改定、同法183条)。第三者の占有代理人がいる場合に目的物につき譲渡人が引き続き同一の占有代理人によって代理占有をすべき旨を命じ、譲受人がこれを承諾する(指図による占有移転、同法184条)方法がありますが、即時取得のために要求される占有の開始は、占有改定では足らず、現実の引渡し、簡易の引渡し、指図による占有移転のいずれかが必要であるとするのが判例です(最高裁昭和35年2月11日判決)。

2 近時の裁判例

即時取得に関して善意又は無過失が争点となった近時の裁判例を紹介します。

X画廊が画商Aに対し百貨店への販売を委託して絵画を預けていたところ、Aはオークション会社であるYに対しXから預かった絵画をオークションに出品して販売するよう委託し絵画を預けました。後にAとYはこの委託契約を合意解除し、絵画の売買契約を締結してAは絵画をYに引き渡しました。これを知ったXは、Aには百貨店以外の買主に販売する権限は与えておらず、Yは百貨店ではないとしてYに絵画の引き渡しを求めました。Yは引き渡しを拒んだため、XがYに対し絵画の引き渡しを求める訴訟を提起したという事案です。

Xは、Yがオークション会社としてAに本件絵画の処分権限があるか調査確認すべきであったこと、Aがオークションでの出品依頼を合意解除したこと、YがAの経営状況が悪化しているのを知っていたことなどを挙げて、YがAに絵画の売却権限がないことを知っていた、または容易に知り得たとして悪意有過失を主張しました。

これに対してYは、Aと本件絵画の売買契約を締結した当日、Yが別の絵画をAに販売委託していることから分かるように、Aの経営状況が悪化しているとの認識は無かったなどとしてAに絵画の売却権限がなかったことにつき善意又は無過失であると主張しました。

裁判所は、本件絵画が盗品として被害届が提出されていたわけでもなく、被告において、Aに処分権限がないことが明らかになるような有効かつ適切な調査確認手段が存在しないこと、一般的にオークションへの出品を依頼してきた画商が、依頼を撤回したり、資金繰りに窮していたりしても、そのことのみをもって売主が絵画について売却権限を有していないと疑うべき事情であるとは言えないこと、AY間では過去に高額の絵画を含めて売買や販売委託といった取引を繰り返しており、それらの取引については正常に決済されていたこと、仮に原告の主張を前提としても、Aは百貨店に限定されていたとはいえXから本件絵画の販売を委託されてその引き渡しを受けていたことも考慮すると、YがAに本件絵画の処分権限があると信じていなかった又は信じるについて過失があったと認めることはできないとして、Yによる本件絵画の即時取得を認めてXの請求を棄却しました(東京地裁平成30年8月7日判決)。

3 本件の場合

本件では、ノートパソコンがリース物件であることにつき当社の善意無過失が推定されるので(同法188条)、C社が当社の悪意または有過失を主張立証することになります。C社がこの立証ができなければ、当社はノートパソコンの即時取得を認められ、C社にノートパソコンを返還する必要はなくなります。

本件ノートパソコンにリース会社Cのシールが貼ってあるなどリース物件であることを窺い知る事情がありながら、当社がB社に確認しなかったなど過失が認められるときは、即時取得は成立しないためC社に返還しなければなりません。この場合、当社とB社との間の売買契約を解除して代金の返還を請求することができます(同法542条)。ノートパソコンがC社に引き揚げられることによって当社の損害が生じた場合は、その損害についてB社に賠償を求めることができます(同法415条)。

福島の進路2020年8月号掲載