質問

当社は自社ビルの1フロアをA社に賃貸しています。賃貸借契約締結当初はA社がフロア全体を占有していましたが、同フロアの1室にB社を入居させたいとの申出があり、当社はB社への転貸を承諾しました。
B社が入居して数年が経ったころ、A社から事業を整理して当社のビルから退去するので賃貸借契約を更新しない旨申し入れがあり、当社は当然B社も一緒に退去するものと考えていました。しかし、A社が退去した現在もB社はA室の使用を続けています。当社はB社に退去を求めることはできないのでしょうか。

回答

1 賃貸借契約と転貸借の関係

賃借人は賃貸人の承諾があれば適法に転貸することができ(民法612条)、転借人は賃貸人と賃借人との間の賃貸借契約に基づく賃借人の債務の範囲を限度として、賃貸人に対して転貸借に基づく債務を直接履行する義務を負います(同法613条1項)。

転貸借は、賃貸借契約に基づく賃借権の上に成立しているものですから、賃貸借契約が消滅すれば転借権はその存在基盤を失うものと考えられます。その場合、転借人は賃貸人に対し転借権を対抗することはできず、賃貸人から求めがあれば転借人は目的物を返還しなければならないことになります。

もっとも、判例は賃貸借契約の終了を転借人に対抗できるかについて、賃貸借契約の終了原因によって異なる判断をしています。

賃借人の賃料滞納など債務不履行を理由とする賃貸借契約の解除が終了原因である場合は、賃貸人は転借人に賃貸借契約の終了を対抗できるのに対し(最高裁昭和39年3月31日判決)、合意解除が終了原因である場合は、賃貸人は転借人に賃貸借契約の終了を対抗できないとするのが判例です(最高裁昭和37年2月1日判決)。これは、賃借人に転貸を承諾し転借人による使用収益を容認しておきながら賃借人との間で賃貸借契約を合意解除するのは行動として矛盾しており、賃貸借契約の期間中は使用収益できるであろうという転借人の信頼を害し不足の損害を与えかねないことから信義則上対抗力を制限するものと考えられます。

令和2年4月から施行された改正民法では、原則として賃借人が適法に賃借物を転貸した場合には、賃貸人は、賃借人との間の賃貸借契約を合意により解除したことをもって転借人に対抗することができないとしました。ただし、その解除の当時に賃貸人が賃借人の債務不履行による解除権を有していたときは、例外的に賃貸借契約の解除による終了を転借人に対抗することができるとしました(同法613条3項)。

2 裁判例

賃貸借契約の終了原因が合意解除であるかが争点となった近時の裁判例を紹介します。

建物の賃借人の賃料不払いを理由に賃貸借契約を債務不履行解除したとして、賃借人に対し賃貸借契約終了に基づき建物明渡しおよび未払賃料の支払を求めるとともに、サブリース業者である転借人に対し所有権に基づき建物の明渡しを求めたという事案です。

賃借人は賃料不払いおよび賃貸借契約の解除を争わず、賃貸人の請求を認めたのに対し、転借人は、原賃貸契約は架空の契約であって賃貸人が転借権を消滅させるための方便として賃貸借契約および債務不履行解除を主張しており、仮に賃貸借契約が存在するとしても賃貸借契約の債務不履行解除は賃貸人と賃借人の合意による解除にほかならないと主張しました。

裁判所は、賃借人が認めていることから、賃借人に対する建物明渡請求及び未払賃料請求については認容し、転借人に対する建物明渡請求については、賃貸借契約及び転貸借契約の存在を認めたうえで、賃借人は債務不履行解除の効力を争うべき理由が大いにあったにもかかわらず争うことをせず、賃貸借契約が原告に債務不履行解除される1年5か月前に賃借人が賃貸人の代表者に対し賃貸借契約および転貸借契約の解除の件を委任していたことなどの事実経緯に照らし、賃貸借契約の解除は賃貸人と賃借人の合意による解除であると認定し、転借権は消滅しないとして転借人に対する建物明渡請求を棄却しました(東京地裁平成31年2月21日判決)。

3 本件の場合

当社はA社から賃貸借契約を更新しない旨の申し入れを受け賃貸借契約を更新せず、賃貸借契約は契約期間満了により終了しています。これに伴い転貸借も当然に終了するのか、合意解除した場合と同様に転貸借は終了しないのかが問題となります。

この点、借地借家法34条は、賃貸借契約終了に伴い転貸借も終了することを前提としながら、適法な建物の転貸借に限ってその転借人に不足の損害を与えないよう、賃貸借契約が期間満了により終了する旨の賃貸人から転借人への通知義務および通知から6か月の転貸借終了猶予期間を規定しています。これは、賃貸借契約が期間の満了によって終了するときは転貸借も履行不能となって終了することを前提に、建物転貸借の転借人に不足の損害を与えないよう、賃貸人の通知義務および転貸借の終了時期を定めたものと解されます。そうすると、建物賃貸人は賃借権の放棄、合意解除など信義則上転貸借関係を終了させるのを相当としない特段の事情がない限り、賃貸人は建物賃貸借の終了を転借人に対抗することができると解されます。

A社は当社の意向に関係なくA社の事情で賃貸借契約を更新しなかったのであって、これを合意解除と同視することはできませんし、期間満了による賃貸借契約の終了はB社が予測しうる事情であり不足の損害が生じることもないので、本件において信義則上建物の転貸借関係を終了させるのを相当としない特段の事情は認められないと考えられます。

当社はB社に対し賃貸借契約が期間満了により終了した旨を通知し、6か月の猶予期間を経過した時点で建物明渡請求が認められることになります。

福島の進路2020年7月号掲載