質問

当社はA社に対し3000万円の貸付残があります。1年程前からA社の業績の悪化により弁済が滞り、当社はA社に対し貸金残額の弁済を求めていたところ、先月になってA社はB社を設立し、A社の事業をB社に事業譲渡してしまいました。

当社はA社とB社に貸金残額の支払いを求めていますが、B社はA社の債務につき一切引き継がないと主張し、A社は事業をしていないうえ、めぼしい資産も残っていません。

当社は、A社に対する貸金につきB社から回収することはできないでしょうか。

回答

1 事業譲渡とは

事業譲渡とは、会社の事業の全部または重要な一部を他の会社や個人に譲渡することです。事業とは、一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産を意味し、不動産、債権債務、のれん、ブランド、ノウハウ、顧客リスト、知的財産などを包括するもので、単なる事業用の財産や権利義務の集合とは異なります。

事業譲渡においては、対象事業に関連する権利義務関係が譲受先に当然に引き継がれるものではありません。権利義務関係を含めて包括的に承継するためには会社合併や会社分割の方式によることになります。

事業譲渡は、事業を譲り受ける会社からすれば必要な債権、債務を選別して不要な資産、負債を承継しないで済むというメリットを持つものですが、譲渡会社の債権者からすれば債権回収の引き当てとなる譲渡会社の資産が流出する危険があり、譲受会社の債権者からすれば譲渡の内容によっては譲受会社に想定外の借入金が増える危険があるといえます

2 法人格否認の法理

法人格否認の法理とは、会社とその構成員が別個独立の主体であるとの考え方を貫くことが正義・公平に反すると認められる場合に会社とその背後にある社員・株主とを同一視するというもので、法人としての存在を否定するものではなく、当該事件の解決に関する範囲で法人格がないものと同様に扱うというものです。

法人格の否認が認められるのは、法人格が形骸化している場合と、法人格が濫用されている場合の2パターンに分類することができます。

3 法人格の濫用

法人格の濫用とは、法人の背後にいる法人を支配する存在が違法または不当な目的のために会社の法人格を利用することをいいます。その具体例としては、競業避止義務を負う者がその支配する会社に競業行為をさせる、強制執行を免れる目的で新会社を設立しその会社に資産の大部分を移転させるというような形が考えられます。

法人格の濫用を理由に法人格が否認された裁判例を紹介します。

多額の負債を抱えた旧会社に対する貸金の貸主が、旧会社から営業譲渡を受けた新会社に対して法人格の否認の理論により新会社にも貸金返還の義務があるとしてその支払いを求めたという事案において、問題とされる営業譲渡がされた平成14年当時、旧会社は50数億の負債を抱え、金融機関からは融資を断られる状況にあったこと、新会社は、旧会社の販売部門の重要な構成部分である店舗や従業員の全ての譲渡を受けたこと、旧会社の商標権も承継されていること、旧会社の実質的経営者の次男が新会社の代表取締役に就任し、かつ新会社の株主になっていること、新会社の本社事務所は旧会社施設内にあること、営業譲渡後に製造部門の一部も旧会社から新会社へ譲渡されたこと、新会社設立手続は旧会社の実質的経営者が行っていたこと、新会社代表取締役(次男)が経営にあまり関与せず、旧会社の実質的経営者が新会社の経営を行っていたこと、営業譲渡後は旧会社の債権者は譲渡代金の分割金年間6000万円について10年間にわたって強制執行するほかなくなることなどの営業譲渡前後の事情を考慮して、旧会社は強制執行を免れる目的で事業譲渡したものと解し、法人格否認の法理により、旧会社に貸金等を有する債権者は、新会社に対してもその支払いを請求することができるとした裁判例があります(福岡地裁平成16年3月25日判決)。

特殊な事案ですが、個人で診療所を運営していた医師が、患者に対する損害賠償債務を免れる目的で診療所を法人成りさせ、診療所の建物、電話番号、ほぼ同一の名称を利用して新診療所を開設し、旧診療所を廃止したという事案において、医師が訴訟の弁論において法人格否認の法理の適用の可否に関する事実に関し書証を提出したり本人尋問において説明したりしないばかりか、反対尋問においても正当事由がないにもかかわらず極めて顕著な供述拒否の態度を貫いたという訴訟進行上の事情をも加えて、法人格の濫用があるとして医師個人と連帯して法人にも損害賠償責任を認めたという裁判例があります(東京地裁平成31年3月1日判決)。

4 本件の場合

本件においては、A社経営者の影響下にあるものがB社の代表を務めている、A社の役員がB社の役員を兼務している、あるいはA社の株主がB社の株主の大部分を占めているなどの事情が認められれば、B社の背後にA社があり、A社がB社を支配しているものと認められると考えられます。

また、B社はA社の好調な事業を引き継いだにもかかわらずA社の債務を一切引き継がなかったという事情や、当社がA社に貸金残の支払いを求めた後にB社が設立されている経過などからすると、事業譲渡が事業再建のためどうしても必要であったといえるような特段の事情がない限り、B社に対する事業譲渡はA社が強制執行を免れる不当な目的で行ったものと考えられます。

以上のような事情のもとでは、B社の設立は法人格の濫用に当たり、B社は、法人格否認の法理によりB社はA社と別法人であることを当社に対し主張することができず、A社の貸金残につきA社と連帯して支払う義務を負うことになると考えられます。

福島の進路2020年1月号掲載