質問
当院の入院患者の長男から患者である父の診療記録の開示を請求されました。
その患者の身の回りの世話や入院時の手続きの補助はもっぱら長女がしており、長女の面会状況や父と長男との関係などが看護記録に記載されています。長女と長男とは折り合いが悪い様子であり、当院としては長男に診療記録を開示することによって長男と長女間の紛争のもととなるのではないかと心配しています。
当院は長男に対し診療記録を開示しなければならないのでしょうか。
回答
1 診療情報開示に関する原則
医療機関は、患者に対し、診療の過程で患者の身体状況、病状、治療等について知り得た情報(診療情報)、具体的には診療録、処方せん、手術記録、看護記録、検査所見記録、レントゲン写真、CT、MRIなどの画像、診療情報提供書、退院した患者にかかる入院期間中の診療経過の要約その他診療の過程で患者の身体状況、病状、治療等について作成、記録または保存された書類、画像等の記録を積極的に提供することにより、患者が疾病と診療内容を十分理解し、医療機関と患者とが共同して疾病を克服するなど、医療機関と患者とのより良い信頼関係を構築することが可能となるものであり、診療情報提供は現代の医療において重要な意義をもつものです。
厚生労働省は、「診療情報の提供等に関する指針」を策定しており、同指針は厚生労働省のウェブページ(https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/06/s0623-15m.html)に公開されています。
同指針によれば、医療機関は患者本人との関係では、診療記録の開示請求があれば原則としてこれに応じなければならないとされています(指針7項⑴)。一方で、患者以外の者に対しては、患者の同意を得ずに診療情報の提供を行うことは医療機関としての守秘義務に反し、法律上の規定がある場合を除き認められないとしています(指針4項)。
2 患者の親族ほか第三者からの診療情報開示請求について
⑴ 患者以外の者からの診療情報開示請求
同指針は本院の同意がある場合のほか、①患者に法定代理人がいる場合には、法定代理人、②診療契約に関する代理権が付与されている任意後見人、③患者本人から代理権を与えられた親族及びこれに準ずる者、④患者が成人でも判断能力に疑義がある場合は、現実に患者の世話をしている親族及びこれに準ずる者は患者に代わって開示を求めることができるものとしています(指針7項⑵)。
なお、同指針は、患者が死亡した場合について、患者の配偶者、子、父母及びこれに準ずる者(これらの者に法定代理人がいる場合の法定代理人を含む。)は診療記録の開示を求めることができるとし、これらの者から開示請求があった場合、医療機関は遅滞なく患者の死亡に至るまでの診療経過、死亡原因等についての診療情報を提供しなければならないとしており、遺族に対する診療情報の提供に当たっては、患者本人の生前の意思、名誉等を十分に尊重することを医療機関に求めています(指針9項)。
⑵ 診療情報開示請求を拒否できる場合
同指針は、医療機関が診療情報の開示を求められた場合に、診療情報提供の全部又は一部を提供しないことができる場合として二つの場合を挙げています。
一つ目は、診療情報の提供が、第三者の利益を害するおそれがあるときです(指針8項⑴)。
これは、患者の状況等について、家族や患者の関係者が医療機関に情報提供を行っている場合に、これらの者の同意を得ずに患者自身に家族や患者の関係者が医療機関に提供した当該情報を提供することにより、患者と家族や患者の関係者との人間関係が悪化するなど、これらの者の利益を害するおそれがある場合が想定されています。
たとえば、診療記録に家族間のトラブルやDVに関する記載があり、開示により関係者の安全が脅かされる可能性があるような場合です。
二つ目は、診療情報の提供が、患者本人の心身の状況を著しく損なうおそれがあるときです(指針8項⑵)。
これは、症状や予後、治療経過等について患者に対して十分な説明をしたとしても、説明の内容が患者本人に重大な心理的影響を与え、その後の治療効果等に悪影響を及ぼす場合が想定されています。
たとえば、患者自身が深刻な精神状態にあり、末期がんの告知によって患者が強いショックを受け症状の悪化や自殺のリスクが懸念されるような場合です。
指針8項は診療情報を本人から開示請求があった場合を念頭に置いているものと解されますが、診療情報が第三者からの開示請求の場合であっても、それにより⑴第三者の利益を害するおそれがあるとき、および⑵患者本人の心身の状況を著しく損なうおそれがあるときには同指針の趣旨から診療情報の開示を拒否できるものと解されます。
診療情報開示を拒否できる場合についての指針を個々の事例に適用するにあたっては個別具体的に慎重に判断することが必要です。
また、同指針は、医療機関が診療記録の開示の申立ての全部又は一部を拒む場合には、原則として、申立人に対して文書によりその理由を示し、不開示とすることに対する苦情処理の体制についても併せて説明することを求めています(指針8項)。
⑶ 本件の場合
本件の場合、長男の診療記録開示請求に応じる前提として、長男が当該患者本人の同意を得ていることが必要となるので、当院としてはまず同意の有無を確認する必要があります。
長男が当該患者の同意を得ていると確認できた場合でも、当院が診療情報を開示すべきか否かについては、当該患者本人、長女と長男からの聞き取りを行い、その結果長男に診療情報を開示することで長男長女間の折り合いがさらに悪化し、長女やひいては当該患者の身の安全が脅かされる危険性が認められたり、そこまでは至らなくとも親族間の紛争が原因で当該患者の療養に悪影響を与える蓋然性が相当程度認められるというような場合には、前述の指針8項を根拠に開示を拒否することが許容され得るものと解されます。
3 診療情報開示請求について規程の整備
上記指針において、医療機関は診療記録の開示手続等を定めた診療情報の提供に関する規程を整備し、苦情処理体制も含めて、院内掲示を行うなど、患者に対しての周知徹底を図ることが求められています(指針12項)。
