質問

当社は建設機械の販売会社です。先月、当社の従業員Aが勤務中に脳出血で倒れ、搬送された病院で死亡するという事故がありました。Aの相続人である妻Xは、脳出血は月80時間に及ぶ時間外労働が原因だとして、当社に対し損害賠償を求めているほか、Aの上司B、当社取締役Cに対しても同様に損害賠償を求めています。当社、B、Cはそれぞれ損害賠償責任を負うのでしょうか。

回答

1 損害賠償責任の根拠

⑴ 使用者と労働者との関係

労働契約法上、使用者は労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとされ(労働契約法5条)、使用者は労働者の労働環境をできるだけ安全な状態に保持し、労働者が安全に働けるようにする義務(安全配慮義務)を負います。

ここにいう安全のための配慮とは、工事現場における作業上の生命、身体の危険を防止するような措置に限られず、長時間労働の結果過労死に至る危険を防止する労働時間の管理なども含まれます。

使用者が、適切な労務管理をしていなかったために労働者が過労死したような場合、使用者の安全配慮義務違反が認められ、使用者は労働契約上の債務不履行(民法415条)または不法行為(同法709条)により労働者に対する損害賠償責任を負うことになります。

⑵ 上司と部下との関係

上司と部下とは労働契約関係ではないので、上司が部下に対し労働契約法上の安全配慮義務を負うものではありません。

しかし、課長、部長といった管理職は部下に対する指揮監督権を有しており、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者として、使用者の安全配慮義務の内容に従ってその権限を行使すべきであると解されています(最高裁平成12年3月24日判決)。

上司が部下の長時間労働の事実やそれによる健康状態悪化の事実などを認識しながら、その部下の負担を軽減する措置をとらなかったために部下に精神障害、死亡などの結果が生じたとすると、当該上司は安全配慮義務の内容に従った指揮監督を怠った注意義務違反が認められ、部下に対し不法行為に基づく損害賠償責任を負うことになります。

⑶ 取締役と従業員との関係

取締役と従業員とは労働契約関係ではないので、取締役が従業員に対し労働契約法上の安全配慮義務を負うものではありません。

しかし、取締役はその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該取締役は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負うとされています(会社法429条1項)。

取締役が従業員の心身の健康を害することがないような労働環境の構築を怠ったために従業員に精神障害、死亡などの結果が生じたというのであれば、職務執行につき善管注意義務違反(民法644条)の過失が認められ、この過失が重大なものである場合、当該取締役は従業員に対して会社法429条1項の損害賠償責任を負うことになります。

2 近時の裁判例

労働者の過労死に関する損害賠償請求について近時の裁判例を紹介します。

甲会社の従業員乙は勤務中に脳出血を発症し翌日死亡しましたが、乙の遺族である乙の妻らは、乙が脳出血を発症して死亡したのは長時間の時間外労働を強いられたことによるものであったとして、甲に対しては債務不履行に基づき、甲の取締役丙、丁及び戊に対しては取締役の対第三者責任に基づき損害賠償を求めたという事案です。

裁判所は、乙の時間外労働は発症前4か月間の平均が80時間を超え、発症前2か月間の平均が98時間を超えており、乙の業務の内容は労働密度が低いものではなく相応の精神的緊張を伴うものであると認め、甲は時間外労働を制限するなどの方法で乙の負担を軽減する義務を負っていたにもかかわらずこれを尽くさなかったとして甲に対し安全配慮義務違反による損害賠償責任を認めました。

丙は甲の専務取締役工場長として乙の職場に常駐し乙の職場における実質的な代表者というべき地位にあり、残業時間の集計結果を受けて乙に過労死のおそれがあることを容易に認識することができ、実際にその恐れを認識していたにもかかわらず、三六協定の締結や産業医の指導といった一般的な対応をするにとどまり、乙の業務量を適切なものにする実効性のある措置を講じていなかったとして、丙の重過失による損害賠償責任を認めました。

丁及び戊については、甲本社常駐の取締役として、乙の負担を軽減させる有効な措置を講じなかった点で任務懈怠が認められるものの更なる措置の要否を判断するために一定の期間が必要であり、任務懈怠につき悪意または重過失を直ちに認めることはできないとして損害賠償責任を認めませんでした。

そのうえで、乙は自身の高血圧の症状が医師による治療を要する重篤なものであることを十分認識していたこと、乙は技術係長として業務の割り振りの裁量を持ちながら自ら仕事を抱え込んでいたことなどの事情を考慮して乙の過失割合を5割として過失相殺し、乙の妻らの請求を一部認容しました(東京高裁令和3年1月21日判決)。

3 本件の場合

Aはいわゆる過労死ラインとされる月80時間の時間外労働をしており、長時間労働が原因で脳出血を発症したと認められる可能性は大きいものと考えられます。

長時間労働が死亡の原因と認められる場合、当社、B、CいずれもがAの負担を軽減するのに実効的な措置を講じていなければ、当社、B、Cそれぞれが連帯して損害賠償責任が負うことになるでしょう。

Aに脳出血につながるような持病がありその持病が重篤なものであることをA自ら認識していたこと、それにもかかわらず自ら長時間の時間外労働を続けていたことなどの事情がある場合はAの過失が認められ、Xの請求は過失相殺により減額される余地があります。

福島の進路2022年5月号掲載